三日目
朝(三日目)
 朝日が差し込み、目が覚める。昨日寝たベッドに、見知った間取り。どうやらまだ俺は無事に朝を迎えることが出来たようだ。俺はまだ眠っているゼフの肩を揺すり、生きいてるかどうか確認する。すーすーという寝息で返事が返ってきた。
 ゼフの生存を確認すると、俺は外の空気を吸いに家から出る。早朝、まだ起き出している者はいない。朝露が草を濡らし、朝日を受けて輝いている。
「こっちは人狼騒ぎで夜も眠れないって言うのに、のんきなもんだ」
人殺しには関係ない草に向かって言っても返事があるはずもない。そういえば、真面目なゼフが起きてない時間となると、相当早い時間なのかなと思い、時計台に目をやる。
「ん?」
 柱時計の真下。誰かが寝転んでいる。俺と同じで朝早くに目が覚めてしまった人だろうか。だが、それにしてもあそこは土の上だ。安心して草の上やベンチに寝転がるならまだしも、あんなところに寝るなんておかしすぎる。
 沸き立つ不安。近寄ってはいけないと脳が警告を出している。だが、身体はその逆だった。怖いもの見たさというものだろう。柱時計の下で寝そべっているのは誰だろう。どうしてそんなところで倒れている?
「ヒッ……」
 思わず小さな悲鳴が漏れた。寝転んでいたのはビスマルクだった。だがしかし、その目は開いたまま空を凝視している。そして、首には赤く細長い線が……。
「うわああああああ!!」
 物言わぬビスマルクの死体を目にした瞬間、喉の奥深くから自分のものとは思えないような絶叫が溢れ出していた。それと同時に目や口から全身の体液が噴き出してくる。あの怒りっぽくて職人気質なビスマルクが、死んでいる。逃れようの無い現実が絶叫へと変わっていた。
 俺の絶叫を聞きつけた村人たちが続々と家から出てくる。そして、俺と同じモノを目にした直後、崩折れるマリア。ボロボロと涙を流しながら、必死に祈っている。どうか、彼を生き返らせてください。出来ることなら夢だといってくださいとでも言うかのように。
 集まってきた村人たちも十字を切った。アリスとカタールがビスマルクに駆け寄り、傷口を見る。答えはどちらもノーだった。癒しの力を司るプリーストでさえ、死者を生き返らせることは出来ない。
「村長と同じく、首元を一閃。死因は失血死。昨晩襲われたようだな」
 カタールが開いたままのビスマルクのまぶたに手をやり、目を閉じさせてやる。村の希望だったバスの運転手の死亡。それを嘲笑うかのようにスピーカーにノイズが走る。
「哀れなビスマルクさんが殺されました。狼はまだ潜んでいるようです。また、気が狂ってしまった村人がいるようですのでお気をつけ下さい。彼らは自らの死をもって狼の味方をします」

昼(三日目)
 自分のことを過大評価していた。もっと強い人間で死体を見ても動揺しない、そんな確証の無い自信があった。だが、実際はどうだ。目の当たりにした現実に、俺の心は一瞬で折れた。自分もこうなるかもしれないという、その可能性に。
 誰も発言しようとしない。村長除く初めての人狼被害者を前にして誰もが言葉を失っていた。
 そんな中でも冷静なのはあのカタールだった。
「ビスマルクが犠牲になったことで推理する材料が生まれた。ビスマルクと相部屋だったのは誰だ?」
 すっくと立ち上がるユーゴとシゲ。二人とも沈痛な表情で、みんなの視線を受けている。
先に口を開いたのはユーゴだった。
「ビスマルクさんとバスの調子はどうか話してたんだ。動力がイカレていて駄目かもしれないと言っていた。一瞬のことだった。ほんの少し目を離した瞬間には死んでいた。多分、自殺だと思う」
 シゲはかなり動揺していたが、ようやく落ち着いて伏目がちに話し出す。
「俺も自殺だと思う。バスが直らないってことが最初にわかるのはビスマルクだから。死体は部屋に寝かせて置いたんだけど、夜にうとうとしてまどろんだときにいつの間にか亡くなっていたんだ」
 二人の弁解は共通して自殺。さっきスピーカーから説明があったように、ビスマルクの気が狂った。もしくは悲観して死んだということだった。
「二人とも自殺説か。俺はそうは思わない。何でも屋か弓使いのどちらかが嘘をついている。もしくは、その両方が」
 死人が出た部屋の二人に視線が集まる。この二人が怪しいという確たる証拠が出てしまったのだから、当然かもしれない。処刑……俺たちの手を持って怪しむべき誰かを殺すという忌まわしき行為が頭をよぎる。
 二人に容疑が固まると誰もが思ったところで、アリスがバンと机を叩いて立ち上がる。
「ちょっと待った! カタール、嘘をついてるのはあんただ。昨晩、私はカタールに襲われそうになったんだ。この変態野郎に」
 騒然とする村人たち。アリスを睨み付けるカタール。二人に固まっていた視線がカタール一人に集まる。
「アリス。その話をもっと詳しく聞かせてくれ」
「あたしが最悪な奴に指名されたから、怯えながら寝てたら……いきなり後ろから襲われたんだ。獣みたいな目をしてたよ。今思い出しても恐ろしい。でも、あたしが必死で暴れたら、尻尾を巻いて逃げて言ったよ」
 ユーゴに言われたアリスが矢継ぎ早に昨晩のことを話す。周りの怒りがカタールに向けられていくのが目に見えるようにわかる。
「カタール、お前が狼だったのか……!」
 疑惑の目を向けられていたシゲが守勢から反撃に回る。副業である魔法使いの杖を取り出して、カタールへと向ける様は怒りに支配されていた。それに加えて他の村人からの疑惑も一身に受けるカタール。
「あのプリーストは頭がイカレている。俺は襲ってなどいない。むしろ、俺があいつの牙を恐れて一晩中起きてたくらいだ。もう一度言う。アリスが言っていることは全てデタラメの狂言だ」
 互いに譲らない二人。疑心から来る口論。止まらない疑惑の連鎖。いつしかその標的はただ一人の人物に向いていた。

投票(三日目)
 カタールが提案した処刑が実行されようとしていた。多数決といえども全員が公平に自分の判断で選べるように、後から続けて言える宣言式ではなく、選挙などで用いられる記名式の投票が方法として選ばれた。
 俺にもその一枚が配られ、マリアからペンを渡される。誰か一人を地獄に突き落とすためのサイン。恐らく候補として上がるのは死者が出た部屋にいたユーゴ、シゲ。そして、アリスから告発されたカタールの三人だろう。
 その三人が怪しいのはわかる。だが、俺には誰が狼なのかまるで判別がつかなかった。誰が本当のことを言っているのかもわからない。もし、狼でない人に投票してしまったとすれば、俺は無実の人間を殺すための片棒を担ぐことになるのだ。
 夕方は刻一刻と迫っていた。俺以外の数人が投票用紙に記入し、マリアの用意した箱に投函している。いつしか、投票していないのは俺だけになっていた。俺は誰に投票すればいいかわからぬまま、自分の票が無効になることを祈って誠実そうなユーゴに投票することに決める。
 全員が投票を済ませ、マリアによって開票が始まった。一人ずつ読み上げることはせず、最後にまとめて発表するつもりらしい。ビスマルクがいなくなり、計八票が全て開かれ、投票者と死刑囚の名前が読み上げられる。
 心底つらそうな面持ちで読み上げたマリアの口から告げられた結果は以下の通りだ。

マリア1(マリア)
ユーゴ3(カタール、ゼフ、ポーラ)
カタール4(ユーゴ、マイ、シゲ、アリス)

 左が処刑したい人でカッコ内が投票した人間の名前である。結果、僅差でカタールが処刑されることに決まる。俺の票は結局無効になったが、その代わりに言い出した本人が処刑されるという無残な結果になってしまった。
「カタールさん、ごめんなさい。遺言はありますか?」
 大粒の涙を流しながら言うマリアにカタールは何の動揺も見せずに、淡々と告げる。
「シゲ、もしくはユーゴが狼だろう。アリスも気が狂ってる可能性がある。この悲劇が始まる前の禍根は全て忘れろ。私怨で投票せず、結果だけを見るんだ。先にヴァルハラで待つ。以上だ」
 言い終えた直後、カタールの身体が爆ぜた。シゲのマジッククローが上半身を裂き、ユーゴの矢が脳天を穿つ。マリアが祈りを捧げるも、死体に声は届かない。目の前で行われた殺人でさえも、処刑という名の下に容認されるのだ。
 カタールは無念だっただろうか。今やその気持ちを知ることも出来ない。カタールはもう何も喋らないのだ。誰も相手にしないカタールの亡骸に向かい、俺はマリアと共に黙祷を捧げた。

夕方(三日目)
 今まで通りの方法で部屋割りが行われる。今では二人の村人が犠牲になり、作業が前よりも楽になった。俺に渡されたカードの数字は5。良くも悪くも無い数字だ。これがエースとなるかジョーカーとなるかは神のみぞ知るところだろう。
 若い数字を引いた者から指名が始まり、結果的に俺は誰からも指名されず、最後の三人部屋へと押し込まれることになった。
 部屋割りは以下の通りだ。

 アリス(1)―ゼフ(2)
 シゲ(3)−マイ(6)
 ユーゴ(4)−ポーラ(5)―マリア(7)

 マリアは三回連続大きな数字を引いていた。選んでいたわけではなく、最後の一枚を引いていたのがマリアだというだけだったのだが。そのマリアに案内され、教会に通される。ここが最後の場所になるかもしれないと思うと、なんとも罰当たりなことになりそうだと思った。

夜(三日目)
 カタールを亡き者にしたユーゴは初めから最後まで何も喋らなかった。誰も信じられないと両手に弓を抱えたまま、部屋の隅で静かにしている。来るなら来いというような姿勢だ。
 マリアはといえば、自分で用意した夕食には手をつけず、ずっと祈りを捧げていた。気丈に振舞ってはいても一人のか弱い女性なのだ。無理も無い。いくら捧げても届かない祈りを捧げ続けている。
 今日は眠らず番をするつもりだった。だが、ほんの瞬き程度の隙にマリアの首に赤い線が引かれていた。ユーゴもその現象に同時に気付いていた。
「ポーラ、君がやったのか?」
 何を言ってるんだ……こいつは。そんなことよりもマリアのことを助けなくては。俺が駆け寄り、声をかけようとすると、マリアが突然支えを失ったかのように仰向けに倒れた。十字架の前に落ちていた鋭いナイフ。マリアの喉笛が裂け、声の代わりにヒューヒューと風の音がしていた。
 何も考えず、マリアの喉を両手で押さえる。猛烈な熱とぬるりとした感触。喉から命が零れ落ちているかのような感触があった。押さえても、押さえても、指の隙間から零れ落ちてくる赤い液体。両手が赤く染まっても足りない。体温がどんどん失われていくのがつぶさにわかる。
「マリアっ! マリアっ!!」
 呼びかけても喉を裂かれた彼女は既に声を出せない。マリアは最後に微笑んで、眠るように事切れた。
 元々細身だった彼女の身体は最早抜け殻で、魂が無くなった分軽く感じた。
「ポーラ、君が狼だったのか」
 永遠のように長い時間、遅れてやってきたユーゴを睨み付ける。血の匂いを嗅ぎ付けてやってきた薄汚れた男。確信があった。
「ユーゴ、お前が人狼だ!」
 ユーゴは笑っていた。血も凍るような凄絶さで。
「何を言ってるんだ。マリア君は……君が殺したんだよ」
 ユーゴは自殺だと言わなかった。俺が殺ったと言った。マリアの失われた魂の代わりに冷たく、青い焔が俺の胸に灯る。
こいつには何を言っても無駄だ。俺が明日の会議でマリアさんに代わって、この薄汚いケダモノを処刑する。マリアを、ビスマルクを、カタールまでもを殺したこの殺人鬼を晒し者にしてやる。
*
 俺は一人でマリアの死体を広場まで運んだ。マリアの身体は酷く軽かった。何も食べていないはずの俺の身体はまるで空腹を感じていない。ただ、重い怒りだけが身体全体を満たしていた。
 死体置き場と化したみんなの広場には村長、ビスマルク、カタール、そしてマリアの死体が並べられた。墓標はまだ無い。ここにあのケダモノの墓標を立ててみせる。そう誓って。
 死体を並べ終えて、顔に白い布を被せる。そこで一つの異変を感じた。白い布を被せられて顔が判別できない死体が全部で五つある。そう、一つ死体が多い。左から向かって四つ目。見慣れた服を着た誰かがそこに横たわっていた。
「おい、まさか……」
 嫌な予感を確信に変えるために、いてはならない誰かの布を剥ぎ取る。白い首には鋭い獲物で一閃された痕。顔を見るのが怖かった。ゆっくりと、だが着実に視線を上へ、上へと動かしていく。やわらかく、小さな唇を見た時点で、俺にはそれが誰かわかってしまった。
「マイ……」
 目を閉じて生気無く横たわるマイがそこにいた。胸の奥から思い出が走馬灯のように出ては消える。無愛想で憎まれ口を利いてばかりの俺に姉のように優しくしてくれたマイが、死んでいた。胸が張り裂けそうな感覚に襲われる。このまま気が狂ってしまいそうだった。
 それを何とか押し込めたのは、今まで亡くなった村人たちの無念。気が狂うのはまだ早い。俺は、人狼を全て殺す。絶対に殺すんだ。



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