二日目
朝(二日目)
 翌朝。昨日の衝撃的な事件があって精神的に疲れていたのか、思ったよりもずっと深い眠りに落ちていたらしい。俺が起きたときには既にマイは起きており、朝飯の支度をしていた。
「おはよう。なんだか、すごく疲れてたみたいね。ご飯食べたら広場に行ってみる?」
「ああ」
 俺が人狼ではないのだから当然の事ながら、マイが生きていたことに喜び、起き上がる。
いつもと変わらない朝だ。もしかしたら、昨日の一件は悪い夢だったのかと思えるほどに。
俺たちは手早く朝食を済ませ、広場へと出て行った。俺たちが行く頃にはもう何人かが広場に集まっており、円卓を囲んでいる。村人は全部で九名。誰一人として人狼には襲われていないようだった。
「みんな無事みたいだな。よかったぜ」
 リンゴをかじりながらシゲが言う。円卓の上にはそれぞれが持ち寄った朝食が並べられており、昨日のような疑心に満ちた感じはしなかった。
「やっぱり、昨日のあれは悪い冗談だったのかもしれないですね。いつもどおりの朝です」
 そう言ったのは弓の名手ユーゴ。全員が全員、誰も犠牲になってないことを知ると、今日の天気のように晴れ晴れとしていた。そこにあの底意地の悪い村長が生き返って、ふんぞり返っていればもっとよかったのだが。
「はい、ポーラさん。マイさん」
 そう言って、コップに入った水を手渡すマリア。昨日のような暗い表情ではなく、太陽のように明るい笑顔だ。俺はコップを受け取り、渇いた喉を潤す。冷たい水が喉を伝い、眠気がすっと消えていった。
 なんて平和な朝だろう。普段、何気なく過ごしていたことが今ではとてもありがたく感じる。いつも邪険にされるカタールも、今日はのんびりと古新聞を読んでいた。
「人狼なんてものはきっといないのかもね。そうに決まってるよ。だって、こんな良い人たちばっかりなのに……」
 マイがそう言い終える前に、言葉が途切れた。平和な光景がひび割れるような感覚と耳障りなノイズ。音の主は柱時計にくくりつけられたスピーカーだった。
「みなさまー、なんとも清々しい朝ですね。今朝の犠牲者はゼロです。血に飢えた人狼は二日以上人を殺さなければ、狂い死にしてしまいますので、次の晩はさぞ楽しいことになるでしょう。ただ、特例として狼同士が一緒にいた場合や、殺害対象が部屋にいなかった場合は自滅までのカウントダウンにはなりませんので注意してくださいねー」
 間延びした声で告げられる、夢ではないという現実。卓上に並べられた色鮮やかな朝食は色を失い、一同は恐怖と焦燥感に戦慄する。アナウンスは狼に向けての警告のようだった。
 アナウンスを聞いて最初に動いたのはカタールだった。新聞を置いて、全員に聞こえるように提案する。
「今朝、死人は出なかった。だが、狼はまだこの中に潜んでいる。被害が出る前に一人でも多く処刑をしたほうがいい」
「なっ、なに言ってんだ! 誰も死んでないのに、誰が犯人かなんてわからないだろうが!」
 カタールの提案に即座に反論したのは平和主義者のゼフ。続けてユーゴ、シゲが反対した。
「狼がいる可能性をそのままにしておくほうがよほど危ないと思うがな。絶対に処刑をやった方が良い」
 カタールもまた引き下がらず、冷静に、けれども強く処刑することを推す。しかし、処刑に賛成する者はおらず、反感の声だけが響く。その中で、一人無言で手を上げるものが表れた。
「こんな村にいたんじゃ、いずれ殺されちまう。みんなでこの村を出よう。俺のバスに乗ればいい」
 沸き起こる歓声。カタールだけがむすっとした表情でビスマルクのことを見ていた。何か言いたいことがあるようだが、黙って畳んだままの新聞に目を落としていた。
 多数決でというか、ほぼ村全体の総意で処刑は行われなかった。ビスマルクのバスという危機回避手段が生まれたのだから当然のことだろう。ビスマルクはすぐさまバスの元へ走り、村人たちは荷物をまとめに家に戻った。

昼(二日目)
 残念な報告があったのは、村人たちが荷造りを終えた後のことだった。
「俺のバスが故障しちまってる。今から修理するが、今日中には間に合わないかも知れねえ」
 落胆する声。バスが無ければ村の外に出ることは出来ない。外の森には恐ろしい魔物が潜んでいるというのは周知の事実だった。村の中にいても危険、村の外はもっと危険と来ているのだ。自然の要塞、出入りを拒む寒村。村人がどんどん減っていくのも当然だろう。
 誰もが助かるかもしれなかった安全策を失い、絶望のそこに沈んでいる中。カタールが小さく笑う。
「ふっ、元々バスになど乗る気はなかったが、故障していて幸運だったな。狼と同乗しているバスは今の村とそう変わらないだろう。村の外にまで人狼を出してしまえば、より判別は難しくなるからな」
「カタール。ふざけるのもいい加減にしろ」
 カタールの胸倉を掴み上げたのはユーゴ。正義感の塊でもあるユーゴにはカタールの態度が我慢ならなかったようだ。今にも血を見そうな剣幕で怒っているユーゴを見て、誰もがカタールに敵意を向ける。
「ふざけてなどいない。もしかするとお前が狼なのかもしれないな」
 余裕しゃくしゃくで皮肉をぶつけるカタールにプリーストのアリスが立ち上がって、カタールに杖を向ける。
「この野郎! ぶっ殺してやる! あたしのユーゴが狼なわけないだろ! 昨日だってユーゴは……」
 激昂するアリス。マリアは村人同士の諍いを止めようと必死で説得するが、頭に血が昇ったアリスを止めることは出来なかった。しばらくしてユーゴが平静を取り戻し、カタールを降ろす。
「アリス、いいんだ」
 ユーゴが出した制止の手を見たアリスは杖を降ろし、これ見よがしにユーゴに抱きつく。隣にいたマイの表情が凍りついた。
「アリス。こんな外道に君の手を汚すまでもない」
「うん。絶対、一緒に生き残ろうね」
 周囲の目も構わず強く抱きしめあう二人。ここまで見せつけられて、疑うものはいないだろう。この二人はただの村人同士という関係ではない。そういえば、昨日も同じ部屋を指名していた。
「なーなー、お熱い中悪いんだけど、興味深い話があるんだ。あの死んだ村長のことなんだけどさ」
 変な空気に水を差すようにムードメーカーのシゲが口を開く。さすがにそれを見た例のカップルは離れ、二人の世界から現実へと戻ってきた。
「じいちゃんから聞いたんだけどよ。あの村長はさ、昔、事業に失敗して大変な借金をこさえちゃったらしいんだよね。村の裏歴史さ。金策に困った村長は、あろうことか村人を怪しい科学者に売ったらしいんだよ。この村の名前、人狼村っていうだろ。それはその昔、今と同じような人狼騒ぎがあったから付けられたらしいぜ」
 ざわめく村人たち。村長がひた隠しにしていたせいか、その事実を知る人はいなかった。酷い村長だとは思っていたものの、その噂話によって今はもう動くことのない村長の評価は地の底まで落ちる。村長を罵る声までが次々と聞こえてきた。
「でさ、話の続きだけど。まぁ、科学者の実験とやらで人狼が出来ちゃってみんなパニックになったんだよ。そんで、困り果てた村長は魔法使いの友人に頼んで人狼を撃退するための魔道具を作ったらしい。どんなのかわからねえけど、もしかしたら誰かの家にあるんじゃないか?」
 人狼を撃退できる魔道具。そう聞いた村人たちはビスマルクのバスと同じくらい歓喜した。かくいう俺もその一人だ。満場一致で家荷造りを済ませたばかりの家に戻り、それらしいものを物色することになった。
*
 俺は家に帰ってすぐに探せるところを全てひっくり返し、魔道具らしいものを探した。しかし、出てくるのは使い古した家具やゴミ、古びた硬貨などなんだか良く分からないものばかりで、それらしいものは全く見つからなかった。ただ、一つだけ掘り出し物があったとすれば、俺が生まれる前に無くなった父の日記を見つけたことくらいだ。
 すっかり日に焼け黄色くなったページをめくる。幸せな日々に母が俺を身ごもったことなど、その日の何気ない出来事が詳細に記されている。だが、日記の最後の方になって、物騒な記事が出てきた。書かれている内容からシゲの言っていた実験の話だとわかる。
『今日、村人全員が村長に呼び出されてよくわからない薬を注射された。妻のお腹の子どもに何かあったらどうするつもりなんだろう』
『村人の誰かが殺人病に感染してしまったらしい。毎晩一人を殺してしまう恐ろしい病気だと村長が説明していた』
『隣の○○さんが殺された。今日から怪しい人たちを一人ずつ私刑にしていくらしい。あのとき注射された薬が悪かったんじゃないだろうか』
『村長が有名な魔法使いの先生にとても強力な魔道具を作ってもらったらしい。一つは人狼を一晩だけ無効化でき、もう一つは襲ってきた人狼を返り討ちにすることが出来るらしい。どちらも効果が一度きりとはいえ、とても頼もしい道具だ。妊婦には少しでも早く配給されるように交渉してみよう』
 ここで日記は途切れている。恐らくはこの次の晩、父は殺されてしまったのではないだろうか。ちゃんと話を聞ける年頃になる前に母は病気で急逝していたので詳しいことは知らないが、そんな気がした。
 俺は父が残してくれた有力な情報を携え、広場に飛び出す。広場には既に何人か集まっていた。それぞれがそれらしいものを携えている。形状がわからない以上、それが本当に魔道具なのか確かめる術はない。だが、それぞれにとって無いよりはマシな、いわばお守りのような存在として、それを握り締めていた。

夕方(二日目)
昨日と同じ要領でマリアさんがカードを並べる。その後の取り決めで、昨日と同じ人とは一緒の部屋にならないようにすることにした。スピーカーの男が言っていた条件をこれ以上人狼が活用しないようにするためだ。
それぞれがカードをめくり、指名をする。俺が引いた数字は8。限りなく最後の数字だったが、見習い弓使いのゼフが俺のことを指名してくれた。
全員が指名を済ませた結果は下記の通りだ。

カタール(1)―アリス(2)
マイ(2)―マリア(6)
ゼフ(3)―ポーラ(8)
シゲ(4)―ビスマルク(7)―ユーゴ(9)

かくして日は暮れ、闇の蠢く夜が降りてくる。

夜(二日目)
 家の狭い俺はまたも相手方の家にお邪魔することになった。お互いが持ち寄った携帯食料で簡単に夕食を済ます。
 ゼフは寡黙な男だ。まじめで平和主義といえば悪くないが、マイとは違い、場を和ませたり、気を利かせたりということは無い。だが、俺としては話しやすい相手ではあった。
「ゼフは今回のこの事件、どう思う?」
「わからない……正直、お前が狼かもしれないとも思ってる」
 正直な意見に「俺もだ」と答える。お互い話すのが苦手というのもあって、言葉はそこで途切れた。
「魔道具はあったか?」
「わからないが、それらしいものは胸ポケットに入ってるよ」
「そうかい」
 俺には古びた日記帳しかなかったよとは言わない。俺は何もないと正直に言ってしまえば、俺は格好の獲物になってしまうからだ。持ってるかもしれないと思わせるだけで牽制にはなるだろう。
「狼が吠えてるな」
「狼だけに伝わる言葉なのかもしれないな」
 俺の冗談にクスリと笑うゼフ。聞こえて来る遠吠えも狼のおしゃべりだと思うとほんの少しだけおかしかった。きっと今頃誰を襲うかという相談でもしているに違いない。
「なあ、カタールのことだけど……どう思う?」
 ゼフは一瞬考えるようにしてから、強く眼差しで俺の目を見て、言った。
「俺はカタールのことを悪い奴だとは思ってない。実は一度村を抜け出そうとして、捕まった事があるんだ」
「俺もだ。死にたいのかって言われた」
「みんな一度は捕まってるのかもな。俺はカタールが人狼だとは思ってない」
 誰もが否定するカタールを信用するというゼフ。他の村人が聞いたら真っ向から反対するだろう。ゼフは同調してくれそうな俺だったから、指名したのかもしれない。いや、それとも簡単に殺せそうだからだろうか。
もしかしたら、明日の朝は迎えられないかもしれないな。俺はこんなときでも鳴り止まない腹を押さえ、目を閉じた。



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