一日目
昼(一日目)
 村の中に遺棄された村長の亡骸。腐臭を放つ寸前のそれを囲むようにして、村人総勢が広場に集まる。話し合いなんてものではなく、各々が思い思いのことをただ当て推量で喋るばかりだ。
 ついさっきまで鳴いていた腹の虫は、非日常的な現象を目の当たりにしてからというものの、すっかり鳴くのを止めてしまった。朝食どころではないといった空気が広場全体を満たしている。
 先のアナウンスを聞いた村人たちの反応は様々だった。パニックになる者。落ち着いた面持ちで現実を見つめる者。何か考え込む者。皆を静めようと必死で明るく振舞う者など。その中でも俺は冷静な方だったが、それでもなんとか平静を繕っていると言った方が正しいかもしれない。
「皆さん、落ち着いてください!」
 普段から落ち着いた物腰で村人たちからも愛されているマリアが混乱しつつある広場を律しようと奔走している。自分だって恐ろしくてたまらないはずなのに、自分のことは二の次でパニックが伝染するのを言葉で抑えようとしていた。
「あんな奴、死んで当然だ」
 俺は小声で呟き、地面に唾を吐く。村長なんて役職は名ばかりで、村人からは信頼の欠片もない奴だ。俺の行動に気付いた村人が死者に対する冒涜だと言わんばかりに俺のことを見るが、気にも留めなかった。実質の村長はマリア様だという声も聞こえてくるが、賛成も反対もしない。
 広場全体に聞こえるように響き渡るように大きな声でマリアが全員に呼びかける。
「皆さん、聞いて下さい! 村長さんが亡くなった事はとても悲しいことです。しかし、私たちは祈る時間はそう多く与えられていないようです。先ほどの放送のことについて、また、私たちの未来のために会議を開きましょう」
 マリアの提案はすぐに村人たちに受け入れられた。不安や疑心のるつぼの中で、人々は少しでも落ち着いて考えられる機会を求めていた、いや自分たちが村長のようにならなくて済むにはどうしたらいいかということを考えていたからだ。
 大人たち数人で死体が目に触れないよう措置された後、村の広場に全員が輪を作って座り込む。村人全員を合わせてわずか八名。召集で家から戻ってきたカタールを含めて九名が大机を囲む形になる。
「それでは皆さん。村の存続をかけた会議を始めます。議長は私、マリアが務めさせていただきます。何か気付いたことや細かな意見でもいいので、発表してもらえたらと思います」
 村人全員が顔見知りということで、自己紹介は省かれた。円卓を囲む村人はマリアから順に弓使いのゼフ、弓使いのユーゴ、プリーストのアリス、何でも屋のシゲ、バスの運転手のビスマルク、カタール、最後に俺。
 最初に出た意見はと言えば、先ほどの放送そのものに対する疑問だった。ビスマルクはたっぷりとたくわえたヒゲをいじりながら誰かの愉快犯じゃないのかとみんなに問う。しかし、そんな発言をしたところで、誰一人名乗りを上げるはずもなく、村人全員にアリバイがなく村長の死体も出ているということ愉快犯説は否定された。
「あの殺し屋風情がやったんじゃないのかい?」
 視線を合わせずに言うアリス。誰のことを言っているのかは明白で、カタールがほぼ全ての村人からの視線を集める。その当人といえば、視線を逸らすこともせずに堂々と反論した。
「俺が村長を殺して何の利益がある。確かに俺の商売は人の命を扱うものだが、金にならない仕事はしない。そんなことよりも現実を直視したらどうだ?」
 皮肉の込められた一言に全員が口をつぐむ。嫌われ者に対して敵意を隠そうともしない村人たちに見かねて、マリアが助け舟を出した。
「誰もアリバイがない以上一人を責める訳にはいきません。誰かを悪役に仕立てるのではなく、建設的に考えましょう」
 マリアの正論に村人たちは言葉なく、ただ頷く。その中でアリスだけはケッと舌を出し、ふんぞり返っていた。カタールはその反応を見ても慣れたもので、微動だすらせずに誰も意見しない会議に普段は見せない積極さで意見する。
「いずれにせよ、昨日の今日で対策は打てない。だが、あの放送が真実だとすれば、明日にでも死者が出ることは否めない。そうなる前に一つ提案がある。明日から昼ごとに多数決で怪しい者を処刑していこう」
 なんら感情の込められていない残酷な物言いに、騒然とする村人たち。カタールに対する非難や罵声が上がるが、そのどれもが個人への中傷や道徳に関するものであり、その意見そのものに反対するものではなかった。
「では、村人が全員狼に食い尽くされるまでそうやって揉めていろ。俺は俺が生き残るためにそう提案したまでだ」
 カタールの言葉に黙り込む村人たち。物言いの過激さはあれ、カタールは真剣に村人の生存率を上げる方法を考えている。今はまだ人狼の被害はない。だが、明日にはわからないとそれぞれの思考の隅で燻っているのだ。
 困惑する村人を見て、マリアが仲介に入る。
「皆さん、落ち着いてください。カタールさんの意見を採用するかどうかは保留して、今晩のことを考えましょう。皆が一人で過ごしていては、どこに人狼が潜んでいるかわかりません。また、全員がひとかたまりになっていても誰が人狼なのかは判別できないでしょう。ですから、今晩からは二人一組で一晩を過ごすことにしましょう。村人全員の命が危険に晒されますが、被害を最小限にするためです」
 力説するマリア。今朝の放送があくまで真実だとした上の予防策として提案したことで、人々の受けはよかった。カタールも概ねその案を承諾し、一時的に自分の案を引っ込める。
 その後も色々と話し合いが行われたが、結局話は噛み合うこともなく、無為に時間が消費されていくだけだった。日は徐々に落ち、夕日に空が赤く染まっていく。
そうして一日目の昼が終わった。それぞれが体力温存のために無理にでも昼食を摂りに家に戻る。

夕方(一日目)
 マリアの案が採用されて、それぞれ部屋分けをすることになった。誰と誰が同じ部屋がいいだとか、こいつとは一緒にいたくないという者が多数いたために、苦肉の策としてマリアが持ってきた番号札で決めることになった。
「公平を規するために全員に番号札を配り、数字の若い人から順に一緒にいたい人を指名することにします。誰と一緒でも文句はなしですよ。それでは皆さん、一枚ずつ持っていってください」
 数字が書かれていない方を向けて並べられた9枚の札。各人一度ずつカードをシャッフルし、全員が混ぜ終わった後で一人ずつカードを取っていく。俺が引いた札には1と明記されていた。
 続々と全員がカードを見せ合う。1から順に俺、ユーゴ、アリス、ゼフ、マイ、ビスマルク、シゲ、カタール、最後にマリアだった。この場合、最初に指名する権利を与えられるのは俺だ。
 一番というのは優遇されているようで、一番難しい数字だと思う。与えられた選択肢が一番多いという点では有利だが、もしこの中に凶暴な狼がいるとして、それが誰かわからないのだから、結局はどの順番でも変わらないとも言える。
「マイを指名する」
 別に誰でもよかったが、一番危険じゃなさそうなマイを選ぶことにした。マイがもし狼だったとしても、力負けする気はしないという単純な理由からだ。
「ポーラ、よろしくね」
 手を差し伸べるマイ。だが、俺はとっさに手が出なかった。マイが狼かもしれないと心のどこかで疑っているのかもしれない。けれども、マイの手を見てその考えを思い直す。差しのべられたその手はわずかに震えていたのだ。俺はその震えを止めるために、黙ってその手を固く握る。
 その先、既に選ばれた人を飛ばして、数字の若い順に指名が行われた。数字が後のほうだったビスマルク、カタール、マリアの三人は誰からも選ばれず、残った三人で同じ部屋に泊まるという。
 部屋割りは以下のように決定した。
ポーラ(1)―マイ(5)
ユーゴ(2)−アリス(3)
ゼフ(4)―シゲ(7)
ビスマルク(6)−カタール(8)―マリア(9)
 カッコ内は引いた数札。指名者は左で被指名者が右側だ。それぞれ広い家を持つ者の家に合わせて泊まることになった。三人部屋で個人宅だと狭いので教会に泊まるらしい。俺はといえば、話し合った末、ベッドが二つあるマイの家に泊まることになった。

夜(一日目)
「ポーラ、うちに泊まりに来るのは初めてだね」
「言われてみれば、そうだ」
 ベッドに腰掛け、喋りあう。夕食はマイが用意してくれたスープとパン。食欲はなかったが、マイに悪いので無理にでも口に運ぶ。
「美味しい?」
「ああ」
 正直、味は良く分からなかったが、そう答える。満足そうに微笑むマイに絶望の色はない。俺はといえば、強がっているだけで内心不安に押しつぶされそうだった。
「ポーラは怖くないの?」
 心配そうにこぼすマイを見て、目を伏せる。怖いに決まっている。でも、弱いところは見せたくなかった。
「狼なんていないさ」
 強がって言った一言。その直後に普段は聞こえないような狼の遠吠えが鼓膜を揺らした。狼が自分を否定するものたちに思い知らせるために、わざとやっているようにさえ思えた。
「ごめん、本当は怖い。マイは……狼じゃ無いよな?」
「違うよ。信じて」
 その目に嘘はないように感じた。こんな気弱な幼馴染が狼なわけがない。狼が出ても、俺が守ってみせる。
「絶対に生き残ろう」
 精一杯の強がり。狼の遠吠えに怯えない様に、二人で手を握り合って眠った。


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