グミっていう私の名前を付けた桃色の可愛い枕を私は抱きしめていた。
 午後一時を回った。明日も朝早い修行があるのに、私。なんで起きてるんだろう。
 凄く淋しかった。村にはたくさんの人がいて、ゼフおじさんと一緒に暮らすことになって、とっても賑やかだったのに、淋しかった。
 そして、夢に何度も出てくる、お母さんとお父さんの殺されるシーン。それは夢のはずなのに、すごくはっきりしていて、自分が出演している物語でも見せら れているような気分だった。
 ゼフおじさんと暮らし始めて、3ヶ月。私の中の雨は降り止まない。
 毎日、修行に明け暮れて、辛くても楽しくて、寂しさはないと思ってた。けど……。
 目を閉じれば蘇る、心の痛み。一ヶ月前までは何とも無かったのに、最近になって怖くなってきた。私が修行を続けていけば、私は旅にでることになる。それ は、私が望んでいることでもあるし、一向に構わない。だけど、私がもし、お母さんとお父さんを殺したような大きなモンスターに襲われたとき、私はどうなっ てしまうんだろう。殺戮のシーンが頭に浮かんできて、私はきっと足が竦んで闘えない。
 私は何度も、小さくて今にも消えてしまいそうな声を出して泣いていた。自分が怖かった。自分の中にある恐怖心が、私自身を殺してしまう気がして。
 突然に、私の部屋の扉が軽快な音を立てて、二度叩かれる。
「誰?」
 私は考え事をしていたものだから、突然の音に驚いて、とっさに立ち上がってしまう。
「グミ。君が怯えている中、ドアを開けるのはこれで、二度目だね。あの時は、全てに怯えるか弱い少女ってイメージだったが……」
 ゼフおじさんの声だ。
 そうだよ。そうだよね。こんな時間。ゼフおじさん以外に誰が扉を開けるのさ。ちょっと怯えすぎてたな。
 扉はゆっくりと開く。光が差し込んでくる。闇夜になれた目には、ちょっと眩しくて、目が開けられない。
「夜の散歩に行くかい?」
 ゼフおじさんは唐突に私を散歩へと誘う。私は無言のまま、軽く頷いて、服をしまっているクローゼットから、私服を取り出そうとする。
「別にパジャマのままでいいよ。こんな夜中。誰にも見られないからね」
 ゼフおじさんは私のことを愛しそうに見つめると、裏側の全くない微笑みを私に見せてくれた。
 私はゼフおじさんの後をおどおどしながら、ついていって、青いサンダルを履く。今、私が着ている白い水玉模様の入った青いパジャマと色がぴったりで、少 し気に入った。そして、外へ出る。
 今まで、怖くて夜は出かけようと思わなかった。というよりは、真っ暗闇の中を歩こうと思うと、気分が悪くなった。自然に私の中の恐怖が表面に出てきたん だと思う。だけど、今はゼフおじさんと一緒。少し、怖い気持ちも和らいだ。
 私はそれでも、顔をあげられなくて、ずっと俯かせていた。だけど、そんな私の肩にゼフおじさんは優しく叩く。
「空を眺めてご覧よ。星空が綺麗だよ」
 ゼフおじさんは私に星空を勧める。でも……ちょっと怖かった。
 でも――空はなんも悪くない。悪いのは私。昔の出来事に引きずられていて、空まで悪役にしちゃってた。
 片目を瞑り、恐る恐るだけど、勇気を出して、顔をあげる。
「わー。凄い」
 反射的に驚嘆の声をあげる。いくつもの星が輝いていて、青いのとか、赤いのとか、黄色いのとか。色んな色の星々が輝いて、私を歓迎してくれた。そんな、 私をゼフおじさんは優しい眼差しで見守ってくれる。
 手を伸ばせば、届きそうなほど、たくさんの星。
 私は不意に手を伸ばして、星を掴もうと何度も、虚空を掴んでは、開く。
「何で泣いてたんだい?」
 ゼフおじさんは私が何で泣いていたのか知っていると思う。けど、私にそれを聞いてきた。考えようとすれば、恐怖が蘇りそうで怖い。だから、優しいはずの ゼフおじさんが、ちょっと意地悪に見えた。
「ちょっと……色々あって。私、間違ってた。昔の思い出のせいにして、星空まで悪役にしようとしてたの、私のせいだよね。私って弱いよね」
 涙が溢れるほど流れてきた。自分の弱さに気付くたびに涙が何滴も草場に落ちる。
「グミや。お前は強い子だ。昔の思い出に真剣に向き合ってる。決して悪いことではないよ」
 ゼフおじさんは笑って、私を諭すような口調で話してくれる。
「でも……」
「星空を悪役にしてしまいたいのなら、すればいい。少しでも、恐怖から逃げられるのなら逃げればいい。逃げている間に強くなればいいんだよ」
 ゼフおじさんはそういうと、いつのまにか手に持っていたのか、私の肩に温かい薄い布団を掛けてくれる。
「泣きたいなら、泣きなさい。いくらでも相談にのってあげるよ」
 ゼフおじさんの優しさが心にしみる。私は、星空を真剣に眺める。そして、無理矢理だけど、笑顔を作ってみせる。
「もう泣かないよ。ありがとう……ゼフおじさん」
 私はゼフおじさんに貰った薄い布団を肩にかけたまま、自分の部屋に走って戻る。ゼフおじさんは、私の突然の逃亡に目を丸くする。
「悩みは人を強くするんだ。それを知って欲しいんだ。グミ」
 ゼフおじさんは、小さく呟く。私の地獄耳で聞こえちゃったけど。
 そうだよ。そうだよ。悩めるうちに悩んどこう。私はすぐ強くなる。もうすぐ、こんなこと。悩めなくなっちゃうんだから。
 私はそう思うと、素早く布団に入って、ぐっすりと深い眠りに付く。

 *

 5時。まだうっすらとしかでていない朝日の柔らかい光を受けながら、私はゼフおじさんの用意してくれる朝ごはんの匂いをかぎつけて目を覚ます。私が勢い よく扉をあけると、ゼフおじさんは星空の下の時と同じように柔らかく微笑んでくれる。
 私は朝の新鮮な空気を思いっきり吸い込む。
「おはよー!ゼフおじさん!今日も、朝ご飯ありがとね!」

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