もう陽も傾いてきた。薄闇が辺りを覆い始める。けれど俺は家に帰る気なんて微塵も無かった。俺の家だが帰れ ばユアとグミがいる。こんな状態で、顔を合わせられるわけ・・・ない。
何も無かったことにしろよ。
白い俺は、そう呼びかける。ちょっと厄介事に巻き込まれた、とか理由なんていくらでもある。
おいおいお前の気持ちはそんなに貧弱だったのかよ。
黒い俺は、見下すように話す。そうだよ、じゃないとこんな時間までこんなとこにいない。
長い葛藤だった。
少なくとも俺の中では。
その結論には、納得できていない自分がいた。


「The true is lie.」(後編)



ぼろい扉が、ゆっくりと開く。きっといるだろう。いや、寧ろいなきゃおかしい。もう町は真っ暗で、夜が危険なカニングでは出歩く人も少ない。
「あ、シュウさんお帰りなさいー」
そう一番に声をかけてきたのはユアだ。ちょうど簡素なテーブルに出来上がった料理を運んでいるところだった。奥の台所からは何かを洗う音もしたから、そこ にいるのは間違いないんだろう。
「あー・・・・・ユア」
「はい?何ですか?」
俺の態度にも律儀に答えてくれるユアは心底ありがたかった。俺は、ぼろぼろになった封筒をユアに突き出す。
「これ、グミに渡してくれ」
「え・・?グミさんならそこに・・・・」
俺はユアが言い終わるかどうかの時に再び夜のカニングへ出て行った。ユアがグミを呼ぶ声が聞こえた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
もう、会うことも無い。


さっきの空き地まで戻って、木にまた登って。
何やってるんだろう、と問いかけても答えなんて返ってこない。相手は空だ。
雲に覆われた空には星も、月も見えない。ただひたすら灰色の雲だけが空を占拠する。
ぽつり、ぽつりと降りだした雨は俺の心を写しているかのようで、腹が立った。
だが、そうしたのは自分で、それが一番だと考えたのも自分だ。

俺は、ナオの視点で考えてみた。自分の愛する人は違うグループで、なかなか会えなくて、そのグループには同じ相手を好きな親友がいて。
それなら、親友が一番憎いだろう。だから、消えてやるよ。
別に自殺するわけじゃない。グループから離脱するだけだ。たった、それだけ―――



「・・・・・さーん!シュウさーん!!」
その声は唐突に聞こえてきた。木の上で居留守というのもあれだが、その声には無視することにした。それから数秒。ガサッという音と共にさきほどの声の主 ――ユアが姿を現した。
「・・・・なんで、なんでくるんだよ!」
苛立っていた俺はつい感情的になって声を荒げる。そこにユアの鋭い平手打ちが入る。
「仲間だからに決まってるじゃないですか・・・・・!」
滅多に怒らないユアが本気で切れている。ユアはそのまま続けた。
「なんであんな事急にしたんですか!グミさんがどれだけ心配してるか判ってるんですか!!」
その剣幕に押されつつも俺は反論する。
「グミの為にやったんだ。グミだって喜・・・」
俺の言葉は最後まで出る前に止められた。再びユアの平手打ちがきたからだ。
「そんな言葉はグミさんを見てから言ってください!!」
そういうとユアは俺の手を握って木を下りた。俺の手は痛いほどに握られていて振り解くなんて到底できない。
俺はまた十数分前に出てきた家に戻る事になった。


「・・・あれが喜んでるように見えますか?」
半分開いている扉から見えるグミは、レフェルを持って泣きじゃくっていた。
なんでだよ。グミだって俺と会うのは気まずいだろ?だから、だからあんな事言ったんだろ!?
突風で扉が音を立てて開く。その音に反応してグミが顔を上げる。
「シュウぅ・・・」
俺の思考は止まる。ナオへの嫉妬も、グミへの疑問も、すべて―――



どのくらい時間が過ぎたのだろうか。ほんの数秒かもしれないが、俺には何時間にも感じられた。脳に充分な酸素が届き、再び機能し始めた。俺を数メートル先 から見つめているグミに向け、やっとの思いで声を絞り出す。
「な、んで泣いてんだよ・・・。だって今日ナオと――」
そこまで言って口と噤む。今日起こったことはユアに聞かれたくないことのはずだ。しかし後ろを振り向いてもユアの姿はなかった。いつの間にか、姿を消して いた。ユアなりの最大限の配慮なんだろう。そう思えるまでに冷静になっていた。
「グミはナオが好きなんだろ?」
口に出して心が酷く痛むのが判った。あの現場を目撃したのに、首を横に振って欲しい。そう思ってしまう俺がいた。
そしてグミは手で涙を拭って・・・・・


首を、横に振った。


グミは泣き止み、俺はグミの向かいに座った。頭は大混乱だ。あんなことしてたのに、好きじゃない・・・?どういうことだよ。
「グミ、正直に教えてくれ。今日、ナオと何があった?」
あえて何があった、と訊いた。口にするのを恐れたからかもしれない。グミは、ゆっくりとあの時の出来事を話し始めた。
「シュウを待ってたらナオさんに会って、どの店が安い、とか教えてくれて、それで、耳元でスカート捲れてるって言われて、シュウが・・・来た」
・・・・スカートガマクレテタ・・・・?
脳内でパズルのピースが一つのものになる。つまり、あれはキスなんかじゃなくて、ナオが耳打ちして、グミはスカートの事を俺に黙ってろ、と言ったってこと か・・・・?
「は、はは・・・・」
もう自然に笑い声が零れていた。じゃあなんだ?俺は勝手に勘違いして、嫉妬して、グループ抜けるなんて真似して。
空回りしてたって言うのか・・・・?
「・・・シュウ、なんで止めるなんてこと、言ったの・・・」
再び目に涙を溜めて切り出した。
「いや、あれは成り行きというか・・・その・・・」
「本気なの・・・?」
「まだ一緒に旅、したいんだ。・・・やらなきゃいけないことがあるし」
「止めないよね!よかった・・・・」
またレフェルを抱きしめて泣き出した。けどさっきとは違い、哀しそうじゃない。



ナオは、何の目的であんなことをしたんだろう。でもそれも、もうどうでもいい。
俺にはまだまだチャンスがある、ってことが判っただけでも、大きな収穫だった。そう思えた。
「シュウー!早くー!」
後方に広がるカニングの町を振り返る。いつもと変わらない風景が、この時だけは違って見えた。


離れた二本の線は元の距離を取り戻した。
この二本の平行線が交わるのは、ずいぶん先になりそうだ。

                                              ――to be continued...?  
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