私は短い髪を揺らしながら、風のように廊下を走る。目指すは私より一学年上の先輩がい る教室。校則では廊下を走っちゃいけないことになってるけど、高校生活を揺るがすくらいの大ニュースだもの、一刻も早く伝えないと気がすまない。
私は最後の階段を一息で上りきって、廊下の曲がり角を右足の力だけで曲がり切る。
うわばきのラバー部分がキキーッと鳴って、その次の瞬間にはまばらに先輩たちが視界に入るけど、気にすることなく駆け出す。
「ちょっと、どいてくださいー!」
私は一応先輩たちに呼びかけながらも、全速力で走ることはやめない。私はスピードを緩めることなく、先輩たちの隙間を縫うようにして走っていく。いつもは コンプレックスでしかない低い背を、こういうときだけは感謝する。
「わっ」
とか、
「なんだなんだ?」
とかそんな声が聞こえたような気がしたけど、気にしない。もう、目の前に教室の番号を示す札が見える。2のC…ゴールはすぐそこだ。
私は最後のゴールテープで走りきることはなく、滑り込むようにして教室の引き戸を開く。
ピシャっといい音がしたのとほぼ同時に叫ぶ。
「大変! 大変! 事件よ!!」
おしゃべりとか思い思いのことをしていた先輩たちが、ほぼ全員そろって私の方を見る。みんなの目に私がどう映ったのかはわからないけど、なんだか一人だけ 場違いな気がして、ものすごく恥ずかしくなった。頬が赤く染まるのが自分でもわかる。
 いやな静けさの中で文庫本を読んでいた一人の先輩が顔を上げて私を見る。いろいろな髪型や髪色をしている生徒たちの中でも一際目立つシルバーブロンドの お姉さん、ユア先輩だ。
「ぐみさん、どうかしたんですか…? ここは二年生の教室ですけど」
ユア先輩は勉強するときだけかけるメガネを少し直しながら、本にしおりを挟んでからちょっとピントのずれたことを聞いてくる。私はこの声で呼ばれるたび に、いつも嬉しいような、くすぐったいような気持ちになるのだった。
そうだ。私はユアさんに大事件のことを伝えるためにここまで走ってきたんだった。
「ユアさん、その…大変なんです。と、とにかく部室まで来てください!」
う…またやっちゃった。自分でも何を言ってるのかわからないし、本当に大変だという説得力がまるでない。伝えたいことの三分の一も伝えられない自分に苛立 ちながらも、やっぱりそれ以上肝心な言葉は出てこない。
予習復習をしっかりやっても、いくら練習しても本番に上がっちゃって実力が出せないタイプ……私はまさにその典型だった。……ただ単に実力がないだけとは 思いたくない。でも、うまくいかないのは事実だった。
その後も私は何とか自分の思いを伝えようと頭をフル回転させるものの、余計混乱するだけで全然うまい言葉なんて浮かんでこなかった。
 全く伝わってないかに思われた私の言葉……だけど、予想に反してユアさんは立ち上がって言った。
「ぐみさん、部室ですね? 今すぐ行きましょう!」
「え……? あ、はい!」
ユアさんは私の返事を聞くのとほぼ同時にメガネを取ってケースにしまう。隠れていた表情があらわになって、ユアさんの真剣な眼差しが見えた。
 私たちはほとんどアイコンタクトだけで息を合わせ、ダッシュで部室を目指す。いつもは絶対に規則を破ったりしないユアさんも、このときだけは例外だった ようで、すごいスピードで走り出す。私はユアさんよりも歩幅が狭いから、後ろを追いかけて走るので精一杯だった。
 私は肩で風を切りながら考える。ほんのついさっきのこと…そんなに長くない私の人生の中でも、0,1%にも満たない時間だったけど、通じてた…。そし て、なにより私の言ったことを何一つ疑わずについてきてくれたのが嬉しかった。
 でも、そんな誇れるような先輩に出会えたあの部室で起こった事件……多分、今の時点で気づいてるのは私だけだろうけど、見たくないくらいの惨状をユア先 輩に見せなければならない。そのことがものすごく心苦しかった。
「ふぅ、着きましたね」
一歩先に辿り着いたユア先輩が振り向き際に声をかけてくれる。あんなに走ったの息は切れてないみたいだった。
「はい、鍵は…開いてます。行きましょう」
 正確には開いてたが正しい。忘れ物した私が開けようとしたら逆に閉まってパニックになったから間違いない。入ってからはもっとパニックになったんだけ ど。
 一瞬閉め忘れも考えたけど、戸締りをしたのはユア先輩だったから、絶対にそれはないと思う。
誰かが鍵を開けて…部室に忍び込んだんだ。それしかない。
 ユア先輩は扉の取っ手に手をかけ、覚悟を決めた顔で言う。
「開けます…!」
「はい…」
ユア先輩の言葉も私の返す言葉も鉛のように重く、鈍かった。聞きなれた音と共に変わり果てた部室の姿が明らかになる。
「………ひどい…」
ユア先輩は大きな目で荒らされた部室を見つめ、両手で口を押さえていた。小刻みに肩が震えている……ユア先輩はその様子を見た私までつらくなってくるほど の悲壮さをたたえていた。そして、それと同時に部室を荒らしただけでなく、ユア先輩をこんな気持ちにさせた犯人への怒りを覚える。
 以前の(主にユア先輩によって)整理整頓されていた部室は、見る影もなく荒らされていた。倒された机、四方に散らかされたパイプ椅子、そして部員の私物 が入ったロッカー。ロッカーに至ってはそれぞれでつけた鍵まで壊されていた。私物がどうなっているのかは怖くてまだ見てない。
 なんとか立ち直れた様子のユアさんは、唐突に非現実的になってしまった憩いの場を前に一歩足を踏み出して言った。
「ぐみさん…こうなってしまったのは仕方ないです…。とにかく、盗られた物がないか捜して見ましょう」
「うん……いや、はい。先輩」
私もユア先輩に続いて部室に入る。この部室はほとんど荷物部屋で部費や高級機器なんてものはないから、盗られた物があるとすれば私たちの私物だけだった。 部員は総勢十名…でも実質ちゃんと来てくれてるのは三人しかいなくて廃部寸前なこの部だけど、盗られていいものなんて何一つない。
「部の物は…散らかされてますけど、何も盗られてないみたいです。あとは……ロッカーですね」
 ユア先輩は念入りに部室内の物を調べ、元の状態に戻しながら少しずつ進み、ロッカーの前に辿り着く。私のロッカーにつけた小さい南京錠、ユア先輩のロッ カーについてた可愛い鍵、コウ君のロッカーにはナンバーロック式の鍵とそれぞれの残骸が落ちていた。
 私たちはとりあえずコウ君のロッカーは見ないようにして、各々のロッカーをまず見る。私のロッカーの中身は…教科書とか辞書とか勉強道具一式と、お菓 子……後は、えーと…。
「あっ、ない! えっ、うそ〜!?」
ひとつだけ無くなってる物があった。普段は思い出せなくなるほど意識してなかったけど……そう、あれよ。
「体操着がない!?」
口に出して自分自身に確認させる。体操着入れはあるのに…さっきの授業で使ったシャツもブルマも…綺麗さっぱりなくなっていた。
私が体操着を盗まれたことに気づいたすぐ後に、今度はユア先輩の声が上がる。
「わ、わたしのもないです… 他のものは全部無事なのに…どうして」
ユア先輩のまで……。でも、これでひとつだけはっきりしたことがある。犯人の狙いは私とユアさんの体操着……とどのつまり……。
「わかったわ! この事件の犯人は変態よ! きっと今頃私や先輩の体操着を…」
「体操着を…どうするんですか?」
「それは……」
はっ! 体操着を手に入れてどうするか…そんなの…。頭の中に気持ちの悪い変態行為の数々がよぎる。なんだか、気持ち悪くなってきたし、そんなことされたら、もう 生きていけない!
「と、とにかくっ、早く犯人を見つけて体操着を取り戻しましょう」
早く取り戻さないと……いや、もう考えるのはやめよう。気持ち悪いおじさんが息を荒くしたり、顔を近づけたりなんて……。うっ、想像するだけで寒気が…。
「でも、体操着を盗んだりして……なにか証拠は残ってないかしら」
ユア先輩は眉をハの字にして考えている。ユア先輩は勉強も運動も万能なすごい先輩だけど、ときどきものすごく天然になるところがあるのだった。
まぁ、大体の人がこれに惹かれてこの部活に入るんだけど、ユア先輩のあまりに浮世離れした鈍感さに驚いて、段々足が遠のいていくらしい…。最後に幽霊部員 になっちゃった先輩直々の言葉だから、まず嘘はないと思う。
私はそんなユア先輩がものすごく好きなんだけど…。
「ぐみさん?」
「は、はいっ!」
私はユア先輩に心を見透かされたような気がして、気持ちだけが体から抜け出してジャンプする。そうよ、そうよね…こんなのはいけないわ。
ユア先輩は私の動揺をよそに、ゴソゴソと鍵の残骸の中から何かを取り出す。
「壊れた鍵にまぎれてこんなものが…」
ユア先輩の綺麗な指先には銀色に光るちょうど一センチあるかないかくらいのボールが握られていた。多分、パチンコ玉だと思う。え、パチンコ玉…?
「あーっ!! もしかして、もしかすると犯人わかったかも!」
私は思わず敬語を忘れて声を上げる。頭の中にちらつく変態にまで変態扱いされる血統書つきの変態……な幼なじみ。あいつなら…やりかねない。
ユア先輩は私の犯人わかった宣言を真に受けて、私の顔を見る。
「え、本当ですか!? ぐみさん、すごいですー」
わかったじゃなくて、わかった”かも”なんだけど…ユア先輩にとって似たようなことだったらしい。ほんの少し拍子抜けしたけど、すぐにメラメラと怒りの炎 が灯った。
あの変態……ちょっと前までは少し見所あるヤツって思ってたけど…こんな変態嗜好があるヤツだったとは……。絶対許さない!
「その…多分、間違いないです。このパチンコ玉が証拠になります。多分今も、屋上とか木の上とかわけわかんないとこにいると思うので、今すぐ懲らしめにい きましょう!」
私は腕にはめた時計をチラッと見て、ターゲットの居場所を推測する。多分、放課後のこの時間なら…校庭の大きな木の下で昼寝してるはず!
私は闘志…というよりもほとんど殺意にも似たものを握り締めながら、部室を後にしようとする。でも、そこをユア先輩に止められた。
「あの、ぐみさん…これって持っていったほうがいいですか?」
あれ…いつの間にか立場が逆になってるような…ユア先輩はいつも敬語だけど。
私はユア先輩の見せた「これ」を見て、仰天すると同時ににっこりと笑う。
「さすが先輩…『これ』はもちろん、必須です。剣道部の誇りにかけて!」
「はいっ!」
そう、ユアさんが私に手渡してくれたそれは、私の身の丈の三分の二くらいもある竹刀だった。
*
 (ユア先輩…ほら、あそこで居眠りしてる男子生徒……見えます?)
私は木陰ですやすやと寝息を立てている生徒を指差して言う。ああやって寝ているときはおとなしいんだけど、目が開いているときは基本的に頭がおかしいん じゃないかと思うような行動をとろうとする変態だってことをまだユア先輩は知らない。
(青い髪の男の子ですか?)
青い髪の生徒は他にもいるけど、居眠りしてる生徒にあてはまるのはマズ間違いなくあいつだと思う。
(そう、青いアンテナ頭の)
そうなんだ。青髪なのは置いておくとしても、あの重力を無視してそそり立ってるアンテナのような髪型だけはおかしいと思う。
(きっとあの子ですね。あの人が犯人なんですか?)
ユア先輩の質問に対し、私は一瞬だけ頭をひねる。
証拠は一応あるけど、断定は出来ないし…。変態だけど、人を傷つけるようなことはしないと思うし……。
そこまで考えて、私は自分の頭をぶんぶんと横に振る。土壇場になって考えが揺らぐ自分がどうしようもなく嫌になった。
「パチンコ玉がなによりの証拠ですよ! 先手必勝でやっちゃいましょう」
(そうですね……それじゃ、せーのでいきますよ。せーの!)
私は合図が聞こえたのとほぼ同時に、隠れていた草陰を飛び出し、全く無防備な青頭へと竹刀を振り下ろそうとする。普通に叩いても結構痛いけど、これなら走 る勢いも加わってもっと痛いはずだ。
「この変態っ!!」
私が叫んだ瞬間、怒声と竹刀が空を切る音が耳に入る。青頭は私の攻撃を読んでいたかのようにころんと寝返りを打ったのだ。
くぅ……寝ながらでも私をからかって。なんて性格の悪いやつなんだろう!
「シュウ、覚悟っ!!」
私は地面を薄く抉った竹刀をもう一度構えなおし、今度は避けられないように胴体めがけて渾身の一撃を放つ。今度は絶対にやった……と思った瞬間に閉じたま ぶたが開く。もう、止めようにも間に合わない。
「うわああ、なんだこりゃあ!!?」
ターゲットの男は目を見開いて、とっさに竹刀を両手の甲で挟む。大して力が入って
るようにも見えないのに、私の唯一の武器は完全に動きを止められてしまった。
「は、離しなさいよ! このヘンタイ!」
「ちょ、ちょっと待て! 俺は何も……」
シュウは状況を飲み込めないままも私の竹刀をがっちりと固定して離さない。
「グミ、状況を説明してくれ! 俺には何がなんだか……」
シュウはあくまでしらばっくれるつもりらしい。おとなしく謝って、返せば袋叩きだけで許してあげたのに……もう絶対許さない。
私はありったけの力で、竹刀を取り返そうと引っ張るけれど、シュウもそれに応じた力で全く離さない。一時の硬直……しかし、すぐに私の後ろでなにかすばや いものが動いた。
「ごめんなさいっ!!」
太陽に照らされた白銀の髪と共に、いっぺんの迷いもない一撃がシュウの頭へと振り下ろされる。シュウが何か言おうと口を開いたのも一歩遅く、バシッという いい音がして、シュウの口が力任せに閉じられた。
これで掛け声がごめんなさいじゃなかったら、本物のアクション映画かなにかと見間違ってもおかしくないと思うくらいかっこよかった。
「グミさん、大丈夫ですか!? 変なことされてません?」
シュウを一撃で黙らせたユア先輩は気絶したシュウを無視して、私のところへと駆け寄ってきてくれる。
「先輩のおかげで助かりましたー!」
「それならよかったです…。さて、この犯人さんどうしましょうか…」
ユア先輩はほっと胸をなでおろして、ノックダウンしている今回の犯人の方を見る。
近づいて見てみても、完全に気絶しているみたいだった。たんこぶとかは出来てないみたいだけど、あれは絶対痛かっただろうなぁ。
「今のうちに縛っちゃいましょう。起きると暴れるかもしれないので」
私はこっそり持ってきていたガムテープをびーっと剥がし、シュウの両手両足に巻きつける。口はしゃべってもらうから、自由にしておいた。
私はしっかり固定したことを確認すると、竹刀の先っぽでシュウの額を何度かつつく。三回つついたところで、うーんと唸って目を開けた。
「いてててて……」
シュウは手で頭をさすろうとして、両手首がくっついていることにようやく気づく。
「な、なんだこれ!? う、動けん…」
シュウはその後もしばらくパニックに陥っていたけど、ようやく私たちの存在に気づく。
「あ、グミ……となんか綺麗なお姉さん。これ、何? 新手のイジメ?」
「あ、あの…」
いきなり早口で話されて、ユア先輩が慌てる。私は先輩に代わって、シュウに言うべきことを告げることにした。
「イジメじゃなくて私がやったの! さっさと自分の悪行を白状なさい!」
でも私の怒声に対するシュウの反応はこれでもかっていうほどに最悪なものだった。
「グミ…そんな趣味があったのか……」
「なっ…そんな趣味ってなによ!! これはあんたが逃げ出さないように…」
私は真っ赤になりながら、シュウが言ってることを全否定する。体操着泥棒だけでも許せないのに…。
それにも関わらず、シュウは更に間違った方向へと話を進めてくる。
「いや、もともとそっちの気があるとは思っていたが、白昼堂々…しかもこんなところでやるとは…」
そこまでシュウが口走ったところで、私の竹刀が持ち上がる。
「バカ! それ以上言ったら叩くから!」
「じょ、冗談だって! でも、この状況は説明してくれ。叩かれたら本物にな……痛!」
気がついたら叩いてた。でも、全然罪悪感はない。シュウが悪い。
「ぐみさん、それ以上叩いたら犯人さん泣いちゃうかも……ちゃんと話聞きましょ?」
私はもう一度叩こうとするけど、ユア先輩がかわいそうだからと止めに入ったので、仕方なく止める。
泣いたってかわいそうでもなんでもないけど。
叩くのを止めたことに気づいたシュウは、頭をガードしてた手を少しだけずらして私のほうを見る。
「まったく、泣くかと思った……それで、結局なんなんですかこれは…」
なんでいきなり敬語になったのかはわからないけど、とりあえずマジメに話を聞く気にはなったらしい。ユア先輩は、一度大きく深呼吸してからかなり緊張した 面持ちで事件のことについて話し出す。
「えーっと、あの……剣道部の部室でですね、その……鍵が開けられていてですね、ロッカーが壊されていて………体操着がなくなってたんです」
「な、なんだってー!? 体操着が盗まれたのか!!?」
シュウは、うーん…なんて言ったらいいのかわからないんだけど、ものすごいオーバーアクションで驚いていた。特に先輩が体操着と言ったところで。
ユア先輩はその様子に特に気づくこともなく、大事なところだけをリピートする。
「ええ、まぁ…そうなんです。わたしのとぐみさんの体操着だけが……どこを探してもないんです」
「なんてやつだ……この美人の体操着はまだしも、グミの体操着まで……? マニアの仕業に違いない…っうわ」
先輩の口から事実確認を済ませたシュウは、上半身の力だけで立ち上がろうとしてガムテープに足をとられて派手に転ぶ。
……何を興奮してるんだろう。シュウは、頭を振って体にかかった草とか葉っぱとか振り落とそうとするけど、両手両足が縛られているから上手くできないらし く…ようやくあきらめて、言った。
「思ったんだけどさ。なんで俺の手足にガムテープが巻きついてるわけ? まさかとは思うけど、いや普通は思わないけどさ、万が一の話だけど……俺が犯人だとか思われてないよね?」
一瞬の沈黙……。ユア先輩の口と私の足がほぼ同時に動き出す。
「あの、犯人さんですよね…?」
「今さらなに被害者ぶろうとしてるのよッ!!」
「ギャアアアアアアアアアアア!!!」
身動きの取れないシュウの右頬に強烈な一撃が入り、きりもみ回転しながら二メートルくらい吹っ飛ぶ。私は鼻血を出して白目をむいているシュウの顔のすぐ近 くに竹刀を突き立て、言った。
「さっさと体操着を返しなさい! 証拠は挙がってんのよ!!」
私は怯えるシュウに部室で拾った「証拠」を見せる。滑らかな銀の光沢を見て、シュウの口が開いた。
「いや、ちょっと待て…。それがなんで俺を犯人と断定する証拠になるんだよ…」
私はひるむこともなく、意外にもまともなことを言ってきたシュウに対してちょっとだけうろたえる。でも、ここまできて引き下がるわけには行かない…。
「あんた、いっつも銀玉鉄砲でカラスとか撃って遊んでるじゃない! それが部室に落ちてた……イコール、あんたが犯人で間違いないじゃない!」
私は最後の切り札として私なりの推理を突きつける。実際これは地元では有名な話で、水鉄砲に始まりエアガン、ガスガン、モデルガンの改造……ついにはパチ ンコ玉を自作火薬で撃ち出す謎の改造銃を作ったらしく、危険すぎて没収されたことも何度もあるし、警察からも目をつけられてるらしい。
うん、そういうことで犯人はマズ間違いなくシュウ…これが私の推理。
しかし、シュウの反応はだらだらと冷や汗を流すでもないし、開いた口がふさがらなくなるあれでもなくて…。
「ちょっとそのパチンコ玉見せてくれ」
といったものだった。私はしぶしぶ手に乗せたパチンコ玉をシュウの顔のすぐ前へともっていく。
「360度全部見せてくれ。そうそう、そうやってまわしてくれ。次は縦回転……ふむ」
私はシュウの言われた通りにして、玉の全面を見せる。最後に納得したようにうなずいたシュウは、こう結論付けた。
「俺の弾じゃないな。大きさは一緒だがそれは何とか基準法で統一したものだし、大体俺の弾だったら火薬で焼けた後があるし、この店のパチンコ玉は使ってな い」
つまり、自分が犯人じゃないってことを主張するつもりらしい。
「な、どこに違うって証拠があるのよ…」
シュウにいわれたことで、少し自信がなくなった私は最後の強みを利かせてみる。シュウは勝ち誇った顔でポケットのほうを見る。
「俺のポケットの中に何発かはいってるはずだ。俺の直筆サインつきの弾が!!」
よくみるとシュウのズボンのポケットは何かで膨らんでいた。私はゆっくりとシュウのポケットに指を伸ばして、ポケットの中の何かに触れる。触った指先がひ んやりとした。
もしかしたら嘘をついてるかもしれないから、一応一個だけじゃなくてポケットに入ってるものを全部取り出そうとする。
「グミ、どこ触ってんだよ」
「え…?」
腕をなぞるように視点を動かして自分の手を見る。シュウのポケットに入ってる右手……パチンコ玉以外にはなにも……。
「あっ!」
とあることに気づいた私は証拠のことも忘れて、すぐさま手を引っ込める。その拍子にシュウのポケットからは……銀の玉がぽろぽろとこぼれだした。
私は右手を少しだけ見てから、ありったけの声で叫ぶ。
「こ、この……ヘンタイ! なに興奮してんのよ!!!」
「そう赤くなるなよ…。別に興奮してないしな」
ほっぺを触ってすごく熱くなってる事に気づく。だ、騙された…?
「…くぅ、騙したわね〜!」
「勝手に勘違いしただけだろ。で、どうなんだよ。比較してみたのか?」
あのニヤニヤ笑い……どう見ても私が騙されたことを楽しんでるに違いない。私はシュウの鼻っ柱を砕いてやりたいと思ったけど、証拠検証が先だと自分を何と か制する。
私が今持っているパチンコ玉にはどこかのお店の名前みたいのが彫られている……これと同じのがあれば! でも私の期待もむなしく、二つの玉を見比べたと同時に凍り付いてしまう。
「ふっふっふ、残念だったな……そしてこの落とし前はどうつけてくれるのかな」
いち早く勝利を確信したシュウは、私のことを見ながら不敵に笑う。シュウの持っていたパチンコ玉には
角ばった字で「Syu」と削り取られていた。私はシュウのポケットから零れ落ちたすべてを見比べてみたけど、どれもこれもちょっとずつ形が違うというかサ インを試行錯誤したという感じで、部室に落ちていたものとはまったく違うものだった。
「………」
自分の持ってきた証拠でシュウの無実を証明してしまうなんて……それはよかったけど……犯人を掴む手がかりはなくなってしまった。しかも、シュウに濡れ衣 までかけちゃって。
「どうした? 急に腹でも痛くなったか?」
その言葉で喉まででかかったゴメンナサイがおなかの奥まで引っ込んでしまう。悪いのはどう考えても私だけど……謝ったら自分の負けを認めるような気がして 謝れなかった。
シュウの勝ち誇った顔を見てると罪悪感と悔しさで胸が押しつぶされそうになる。
そんな中、一度も聞いたことがないかもしれないユア先輩の怒声が校庭に響く。
「もうやめてください! ぐみさんも悪いと思ってるし、謝りたいのにあなたがそんな風に言うから……」
先輩は手にした木刀を今にも振り落とさんという勢いでシュウに突きつける。さすがにその迫力に気圧されたシュウは首を左右に振ってやめてくれとアピールす る。でも先輩は木刀を使うことはなく、小さく頭を下げて言った。
「ぐみさんの分までわたしが謝ります。…ごめんなさい」
ユアさんが頭を下げて謝っている。私が遅刻か何かで謝ってることはしょっちゅうだけど、成績優秀で遅刻なんかしたことない(と思う)ユア先輩が謝ってる様 子は部活動を頑張っていた他の生徒たちの動きも止めてしまう。そして、シュウに降りかかる重い空気。
「わ、わかった! 許す。許すから頭を上げてくれ!」
「はいっ!」
シュウの半泣きな声が聞こえたと同時にユア先輩のうれしそうな声が聞こえる。このすばやい身のこなし…あまりに見事すぎてもしかして確信犯なのではと疑っ てしまうほどだった。
シュウもさっきのむかつく表情から一転してしてやられた表情になり、謝ってもらうのはもうあきらめたらしい。もしかしたらほかの事を望んでいたのかもしれ ないけど。
シュウは全身についた土や葉っぱを払いながら、私のほうに近寄ってくる。え、いつ縄ほどいたの…?
「深いことは気にするな。それより、俺が気になるのは誰がブル…げふん、体操着を盗んだのかってことだ。あ、俺じゃないってのはもうわかってるよな?」
「あ…はい。でも、それじゃいったい誰が犯人さんなんでしょう…」
そうだ…手がかりはこのパチンコ玉だけ。シュウが犯人じゃないってことは他に犯人がいるってことだけど…。なんでシュウ、あんなに張り切ってるんだろ。
シュウは腕を組んでう〜んっとうなる。
「聞いた話によると、『部室が荒らされていたが盗まれたものはなにもなく、ロッカーの鍵だけが壊されて、なかの体操着だけが盗まれた。そして見覚えのない パチンコ玉が落ちていた』これであってるか?」
「うん」
シュウは最初から私の返事を予想していたようで、切らずにすぐに話を続ける。
「ということはだ。犯人の目的は最初から『体操着を盗むこと』だったとしか考えられない。そこで、自分が犯人の立場になって考えると………ちなみに洗濯は してあったのか?」
「今日体育の授業があったから、まだ洗ってないけど……?」
「わたしも今日は授業があったので……」
シュウは頭に手をやって「あいたたたた……」と何かを痛がる。
「んな使用済みの汗とかいろいろついた体操着を欲しがるのは匂いフェチの変態野郎だけじゃねえか」
それってことはつまり……。
「え……それ、どういう意味ですか?」
「それはこう…むぐっ」
本当にわかってないユア先輩はシュウに聞くけれど、すぐに動き出そうとするおしゃべりな口を手で塞ぐ。ユア先輩には知ってほしくない世界だ。
「ほら、いまどき珍しい体操着コレクターとかだよね? きっとお家に帰ったら洗濯してクリーニングしてガラス張りのケースに飾るのよ。まったく許せないわ!」
「そうなんですか?」
「いや、絶対洗濯なんか……痛!!」
シュウは性懲りもなく口を開こうとするけど、そこはすかさずシュウの足を踏むことで回避する。
「なにするんだよ……いてててててて!!」
本当に懲りないやつね。私はさらに足にかける力をきつくして黙らせる。
ユア先輩はきょとんと私たちを見ていたけど、思い出したようにくすっとはにかんだ笑みを見せた。
「二人ともすごく仲良しさんでうらやましいです。わたしも一緒にさせてもらってもいいですか?」
先輩のその言葉でお互いの立ち位置を意識する。振り向いて最初に目に入ったのはくっつきそうなほど近いシュウの顔……偶然だと思うけど、シュウも私のほう を向いていたせいで危うくキスするとこだった。私はシュウになにかされる前に急いでその場を離れる。
シュウはわざとらしく残念な顔をして、こほんとこれまたわざとらしくせきをする。
「えー、まぁ要するにだ。俺が言いたいのはそんな趣味の世界の話じゃなくてだな。俺が思うにマニアってやつは集めることに関しては異常な熱意を持っている が、それを盗んだり、奪ったりすることはほとんどないんだ。それじゃやつらはどうやって目的の品を手に入れると思う?」
「えーと…誰かから買うんですか…?」
半信半疑のユア先輩をテレビとかでやってるみたいに大げさに指差す。
「それだ! マニアってのはそういったものにいい金を払ってくれる。要するに金になるんだよ! そして俺はひとつ重大なことに気づいた」
「もったいぶってないで早く言いなさいよー」
シュウは早く答えを聞きたかった私の前で、チッチッと指を振る。
「そうあせりなさんな。この名探偵シュウ様の推理は逃げないぜ!」
誰が名探偵よと突っ込もうとしたけど、そんなコントみたいのをやってる暇はない。でも、私の代わりに先輩が最高の突っ込みを入れてくれる。
「あの…シュウさんの推理は逃げないと思うんですけど、犯人さんは逃げちゃうかもです」
「あ…」
シュウはすごい気づいた顔をして、すぐさま私のことを呼ぶ。
「ぐみ、さっきの証拠を貸してくれ」
「う、うん。はい」
私はシュウの手のひらに証拠のパチンコ玉を乗せたけど、シュウは熱いものでも触ったみたいに取り落としそうになる。相当あせってるらしい。銀の玉は何度か 宙を舞った後、ようやくシュウの手のひらに収まる。
「二人とも、このパチンコ玉をよく見てくれ。この店の名前のとこだ」
私と先輩は顔を並べて小さな銀に刻まれたマークを見る。
「「M・E・X・O・N…?」」
ほぼ二人同時に読み上げる。シュウはそれを満足そうに聞いた後、胡散臭い推理を続ける。
「そう、これは最近なりあがってきた大手パチンコ屋の名前なんだが、これがどうも裏で相当悪いこともやってるらしい。それもすべて金と権力で握りつぶして るらしいが……不思議だとは思わないか?」
不思議……なんのことだろう。MEXON……どっかで聞いたことあるけど、どこだっけ。そういえば朝のテレビでも……あっ!
「今朝テレビでやってた! MEXON可忍具支店が今日オープンするって!!」
「おお…ぐみ。今お前…産まれてきてから一番冴えてるぞ!」
言いすぎよ。でも、ほめられたのがうれしくて怒るに怒れなかった。
「そのパチンコ屋さんがどうかしたんですか?」
シュウは腕を組んで最後の推理を披露する。
「あくまで俺の憶測だが、MEXONパチンコ屋は表の顔。しかし、裏では表では到底取引できないものを扱ってるに違いねえ!!! 例えば、盗んだ体操着とかな!」
がーん……なんか言ってることも筋道もめちゃくちゃだけど、なんとなくそんな気がする!
「そのMEXONってどこに出来たの!?」
「確か学校の裏だぜ。教育上ふさわしくないって理由で反対運動まで起こってたから間違いねえ!」
「それじゃ今すぐ行きましょう! 武器はこの竹刀……じゃ物足りないですか?」
ユア先輩も俄然その気になってきたみたいだ。私とシュウは揃ってある方向を向く。
秘密基地……またの名を武器庫。私たち三人はアイコンタクトだけで武器庫へと走り出した。
*
 げほげほ……ほこりまみれになった武器庫を探索する。最初に目に入ったのが木刀。軽くて威力もあるからユア先輩にはこれがぴったり。シュウはどこかのお 土産屋で買ってきた模造刀を薦めたけど、ものすごく重いからと先輩は断った。私もスタンガンとか特殊警棒とかスタングレネード(と勝手にシュウが呼んでい る爆竹と煙玉と花火とか実験のときに拝借したマグネシウムをごっちゃまぜにしたようなもの)とかを手に持ってみたけど、やっぱり最終的に木刀に落ち着い た。木刀でも私には結構重かったけど、 やっぱり剣道部だし見た目だけでも刀を使いたかった。
「私たちはもう決めたよ。 シュウはまだ?」
返事はなく、シュウは奥のほうでまだごそごそやっていた。
「シュウさん?」
先輩も待ちかねたようにシュウの名前を呼ぶ。ようやく気づいたシュウは私たちの方へと警戒にジャンプしてきた。そして着地と同時にほこりが舞い上がり、 シュウが体全体にまとった銃火器の類がジャラジャラと音を立てる。
「お前ら…げほげほ…木刀だけで大人狩りできると思ってんのか?」
「あんたこそ持ってきすぎよ! 動けないでしょうが!」
私が言ったのは大げさでもなんでもなくて、シュウはそれほど多くの武器を持っていた。
まず顔には安全用のゴーグル、両手にはサブマシンガンとウージー。どっちも弾がいっぱい撃てる大型の銃ですごく重い……もちろんガスガンとか電動ガンで中 はBB弾だけ ど、シュウの改造によりプラスチックくらいなら撃ち抜くし、当たればすごく痛い。
そして肩からかけたベルトには装填用のBB弾とスタングレネード(さっきの)、そして腰にはいつか言ってた銀玉鉄砲。六発しか撃てない代わりに、当たれば 卒倒、下手したら死ぬかもしれない威力があるらしい…火薬をいちいちつめるタイプだから落ちてるパチンコ玉を使うことは出来ないらしいけど。
他にもジャラジャラいってるのは多分メリケンサックかナイフのどっちかだと思う。シュウの影響でいろいろ詳しくなっちゃったけど……普通の女の子はこんな のひとつもわかんないんだろうなぁ。
「いや、全部使うから最終的には軽くなるよ。それに俺鍛えてるからこんくらい余裕」
シュウはそういって、余裕をアピールするためにぴょんぴょん跳ねる。そのたびにほこりが舞って大変だったから、シュウのことはもうほっとくことにした。
 移動中もこんな物騒なものを持ってることがばれないように、裏道の裏道を通って進む。
ほとんど山みたいな場所、狭い路地裏、民家(?)などなど…私とシュウは慣れてるからどうったことないけど、ユア先輩も着いて来れているのはひとえに運動 能力の差だと思った。
 本来なら15分でいける道をたっぷり30分かけてパチンコ屋の裏までたどり着いた。大繁盛してる正面の入り口からじゃこんな格好してなくても、年齢の関 係で入れてくれないから裏口から入ることにしてある。……もっとも私じゃ二十歳過ぎても入れてもらえないだろうけど。
「おい、あけるぞ」
 私たちは黙ってうなずく。正面玄関とはまったく正反対の重々しい鉄の扉。ゲームかなにかのダンジョンみたいで少し興奮したけど、仰々しい鍵はシュウの ピッキング術で簡単に開いた。なんでそんな技をもってるのかは知らないけど、別に泥棒とかに使ってるわけじゃないらしいから見てみぬ振りをしておこう。
 緊張と興奮から、木刀を握る手に自然と汗が伝う。ユア先輩はというと……目を瞑って精神統一していた。ユア先輩は試合の直前、本当に試合が始まる本の少 し前まで目を開けないことで有名だ。そして、目を開けた直後に相手はほぼ一撃で畳に沈む。私の本当の憧れはそこにあるのかもしれない。
シュウの手がドアノブにかかる。ゆっくりと取っ手をひねって……え、まだひねってないのに回ってる?
シュウは不測の事態に、動じることもなく一歩後ろに下がる。勝手に開いたドアから覗いたのは、テレビや映画でしか見たことのないつるつる頭にサングラスを かけた強面のお兄さんだった。
「なんだ? ここはガキの来るところじゃ……な、お前ら」
恐い人は私たちの手にした数々の武器を見て一瞬ひるむけど、すぐに一番弱そうだった私の方へと手を伸ばしてくる。
(やっつけてやる……あれ?)
私は手にした木刀をその頭へと振り下ろそうとしたけど、考えていた行動とは裏腹にまったく手が動かなかった。手だけじゃない、体も全部…。
「きゃ……」
私が恐怖で目をつむった瞬間。
「ぐはっ!」
と何かを吐き出すような音がして、少し遅れて重いものが地面に落ちる音がした。私が恐る恐る目を開けると、そこには木刀を振り下ろしたユア先輩が立ってい た。足元には白目を向いている恐い人の姿があった。その大きな瞳は、汚いものを見るようにして恐いお兄さんを見下ろしている。
「後頭部に寸分たがわぬ一撃。なんちゅうスピードだ…あんなんじゃ襲われたことも気づかないで卒倒する。相手がこの姉さんじゃなくてよかったぜ」
様子を見ていたシュウが内容を説明してくれるけど、何を言ってるのかぜんぜんわかんない。それくら私の頭は混乱していた。
「おい、ぐみ。行くぞ? びびったか?」
シュウが矢継ぎ早に私になにかを言っている。内容は全然つかめない。シュウはしばらくしても呆然としている私を見て、何か言った。
「やっぱり無理か。俺たちだけで行こう……ぐみはそこで待っててくれ」
よく言ってる意味がわからないけど、なんとなく足手まといだと言われてる気がした。痛いわけでも悔しいわけでもないのに目の奥が熱くなって来る。
「待ってください。ぐみさんはそんな弱い子じゃないです」
「いや、幼馴染だからこそ言うね。ぐみは根本的に争いごとには向いてない……それに、俺はぐみを危ない目に遭わせたくない」
二人がなにかを言い争っている。何を言ってるんだろう……足手まといの私なんて置いていけばいいのに。
「いつもは体格差をもろともしないすばやい動きで頑張ってくれてるんですから……今のはちょっとびっくりしただけだと思います」
「なら、本人に聞いてみようぜ。ぐみ、行けるか? その前に聞こえてるか?」
私は……。
「行け……」
ない。無意識にそう言おうとした刹那、両肩にやわらかい手がしっかりかかる。そして、耳元でこう囁いた。
「戦いのとき、絶対に目を閉じてはいけません。わたしも最初はそうでした」
どんな楽器よりも澄んだその声で私の意識が重い暗闇から呼び戻される。
私は目のふちからこぼれそうになっていた涙を制服の袖でこすり、答えた。
「私、行くわ。今度は絶対足手まといにならない!」
「マジかよ…」
シュウは期待してなかった答えに面食らうが、すぐに背を向けてぼそぼそといった。
「いつまでも騎士ナイトじゃいられないか……いくぞ」
ユア先輩は試合前の厳しい目で言った。
「最初から死んだつもりで戦えば相手の隙やこちらの逃げ道を冷静に見極めることが出来ます。わたしは怖くてしょうがなかったから、すべてから目も心も閉ざ すことで何も見ないことにしていました。でも、それじゃ何も守れないんです……。大切なものを守りたければ、嫌なものも苦しいものも見なきゃいけないんで す」
その言葉一つ一つからユア先輩にとっての大切なことがわかる。言葉一つ一つが私を勇気付けてくれた。最後に先輩は少し照れた様子で笑う。
「恥ずかしながら試合の前にギリギリまで目を閉じてるのはその名残ですけどね……このことはないしょですよ?」
「はい…内緒にします」
私は心から秘密にすることを誓う。ユア先輩のこと自慢するよりも、先輩の秘密を心にしまっておいて、大事にするほうがいいと思ったから。
「おい、泣いてるやつは置いてくぞ。目的忘れんなよな」
無粋な言葉が私と先輩の感動シーンを邪魔する。そいや、なんでこいつ無関係なのについてきたのかしら。
「泣いてなんかいないわ! 先輩、あいつを弾除けにして行きましょう」
「ぐみさんはわたしが守ります。シュウさんは自分の身だけ守っててください」
私と先輩は顔を合わせて笑う。シュウは一瞬こっちを見て、
「なんか俺の扱いひどくない…?」
と言ったけど、
「いいからさっさと行く!」
と二人で笑っていた。
*
私たちはそこから先しばらく、コンクリートがむき出しの廊下を進む。いかにもただ通るだけの通路だけど、道は結構広くて三人横に並んでも全然大丈夫だっ た。
「意外と楽に行けそうだな……」
シュウがぼそりと呟く。ここまで一人も敵が出てこなかったってこと奥にいっぱいいるってことなんじゃないのかな。
「しっ、敵さんが来ました。前と後ろから……この廊下で挟み撃ちにするつもりです」
「えっ?」
なにも気づいてなかった私とシュウは足を止め、全神経を耳に集中して音を聞く。本当に小さくだけどカッカッとい足音が響いてきた。ユア先輩は歩きながら足 音が増えたのを聞き分けたらしい。
「何人くらいだか…わかるか?」
「前と後ろ、二人ずつです」
なんでわかるんだろ…。シュウはうなずいて言った。
「後ろは俺がガスガンで仕留める。二人は正面の二人をやっつけてくれ。すぐに合流するから先走るなよ」
「わかった」
シュウは私の返事を聞くと同時に足音を立てないように元来た道を駆けていく。私は滑らないようにもう一度木刀を握り締めたあと、心の中でもう一度ユア先輩 の言葉を思い出した。
(目を閉じてはいけない)
なぜか勇気が出てきた。相手がどんなに大きい人でも勝てる気がする。
「ぐみさんは無理しないでくださいね」
「はい」
そういって二人で走り出す。はいとは言ったもののそのつもりはまったくない。私だって役に立つことを証明するんだ。
ついに敵が見えてきた。相手もとっくに私たちには気づいてるみたいで、黒いこん棒のようなものをもって身構えている。ナイフや銃を使えばいいのに、どうや ら大事にしたくないらしい。
私たちを馬鹿にすると痛い目に遭うわよ。そう心の中で呟いて、私は木刀を構える。先に動いたのは先輩のほうだった。
「……うらまないでくださいね」
ユアさんは一歩で敵の人間との間合いをつめる。だけど、相手も荒っぽい仕事のプロらしく…慣れた手つきでカウンターを繰り出してきた。
「女を殴るのは趣味じゃないんだが、仕事なんでな」
しかし、黒い武器が先輩の頭を掠めた瞬間、先輩の体が幻のように掻き消える。そして、その瞬間には低い体勢からのハイキックが見事に喧嘩屋の顔面を捉えて いた。
「なっ…蹴りだと…?」
サングラスがひしゃげて、喧嘩屋の体がぐらっと傾きそのまま横に倒れる。ユア先輩はかわいらしい革靴で相手の頭を蹴り抜いたあと、すぐさまもう一人へと ターゲットをかえる。
でも、そのとき私は見てしまった。相手の男が大振りのナイフを取り出したところを。
あんなので刺されたらどんな人間でもひとたまりもない!
「先輩、危ない!」
私は無我夢中で相手の光る凶刃めがけて木刀を叩き降ろす。私の必勝パターン…小手からの面だった。普段は防具で覆われているはずの手をじかに木刀で殴られ た男は痛みに顔をゆがめ、私のほうを向く。でも、それが最後の表情になった。
「くた…ばれっ!」
女の子にあるまじき言葉が私の口から飛び出し、必殺のジャンプ斬りが喧嘩屋の顔面を二つに割る。
「ぐあっ…」
よろめいた喧嘩屋は、廊下の壁にもたれかかるものの倒れない。さすがに歴戦のプロだけあって、タフなようだった。でも、次の先輩の一撃でしばらくは見るも 耐えない顔へと変形させられることになる。
「はっ!」
ユア先輩は体を回転させながら握りこぶしの甲を木刀の跡が残る顔面へとたたきつける。超強力な裏拳は相手の鼻と歯数本をへし折って、相手の意識を奪った。
長いスカートの裾をふわっとなびかせてたたずむユア先輩の姿は映画の主演と言っても通じるくらいかっこよかった。
「ぐみさん、助かりました……私もなにかキラッと光るのは見えたんですけど、出される前に勝負ケリを つけようとおもったんです。でも、今のは怪我してたかもしれなかったかもです……」
「そんなそんな、先輩…すごくかっこよかったです。映画みたいでした」
先輩は顔を紅くして言った。
「ありがとう…そんな風に言われたの初めてなので…。シュウさんは大丈夫でしょうか」
あ、忘れてた。私は静かになった前は無視して、後ろを振り返る。
遠くからでも聞きなれた声と電動ガンの音が聞こえてきた。
「オラオラオラオラオラ!!!!! おんみょうだんを食らえ!!! うおっまぶしっ」
なんかよくわかんないけど、撃ちまくってるみたい。最後のほうにスタングレネードをひとつ使ってとどめを刺したみたいだった。二人相手にあれだけ大暴れし たシュウが息も切らさずにこちらへと戻ってくる。
そして、私たちに言った第一声は
「うわ、お前ら鬼だな……こいつ、歯折れてんじゃん」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
先輩は歯を折っちゃった喧嘩屋さんの前で手を合わせて謝っている。今見ると鼻血まででてさらに無残だった。相手が悪かったんだからしょうがないよね…。
シュウは銃に弾をつめなおしながら言った。
「多分、この奥に敵のボスと宝……じゃなかった、体操着があるはずだ。俺たちの目的はボスを倒すことでもこの基地の壊滅でもない。体操着を取り戻したらす ぐに逃げるからな」
私は大きくうなずいて、唯一の武器を握り締める。
「うん、わかった。弾除け頑張ってね」
「弾除けじゃねっての! おら、行くぞ!」
「はいっ!」
三人の気持ちがひとつになる。この変態たちめ……私たちが成敗してやる。
ドンっという音を立てて、シュウが鉄のドアを蹴破る。ちょうつがいが派手にぶっ飛び、金属のドアがうるさい音を立てて転がった。
一気に視界が開けて、薄暗いけどすごく豪華なソファーやテーブルのある部屋が見えてくる。そして、テーブルの上にはなにやら怪しげなスーツケースと、その 周りを囲む大勢の怖いお兄さんがいた。
「な、あいつら……なにやってんだ! こんなガキどもに……」
ひときわ体の大きなヒゲ男があわててスーツケースを隠す。それを見たシュウは大声で宣言した。
「お前らの悪事は俺たちが完全にパーフェクトにエブリシングお見通しだぜ。観念しな!」
一瞬怖いスーツ姿の人たちはざわざわと騒ぐが、一人だけ白いスーツを着た人が私たちの方を見て言った。
「サツの手先か……これを見られたからには生かして帰さねえ。栗鼠港の藻屑にしてやるぜ!」
「てめえらチャカ出せや!!! まずは生意気なクソガキから仕留めろ!!」
怖いお兄さんたちは胸ポケットから黒い武器を取り出す。モデルガンやガスガンなんかじゃない本物の拳銃…! 撃たれたら多分死んじゃう!
「お前ら右に飛べ!」
「う…うわっ」
私とユア先輩はシュウに言われたとおり右に飛んで逃げる。その瞬間にシュウは両手の武器ではなく、スタングレネードを一気に三つも投げた。
「目を閉じろ!」
さっき先輩に言われたこととまったく逆。だけど言われた通りにやらないとしばらくは目がまったく使えなくなるかもしれないし、第一危ない。
カメラのフラッシュを何倍にも増したカッと眩い閃光がまぶたの上から私の目を刺す。サングラスの上からでも真っ白に染まった世界は悪い人たちの目に焼きつ いたに違いない。白と煙だけになった世界の中でゴーグルをかけたシュウはスーツケースを掴み、私たちの方へと投げてよこす。そして大声で叫んだ。
「ぐみ、それを持って走って逃げろっ! その後は学校か警察に逃げ込め!! こいつらは俺がひきつける!!」
「わ、わかった……!」
私は重いスーツケースを両手で抱えて走り出す。先輩とシュウの心配をしながら、一目散にもと来た道を引き返す。
シュウは敵たちの中心に入ると、両手で武器を構えてありったけのBB弾を吐き出させる。電気のモーター音がすごい音を立てて、次々と弾を送り出してはじき 出す。そして次に巻き起こるのは男たちの悲鳴。目が開かない中、見えない攻撃をあれだけ食らえば誰だって怖いし、痛い。
「このガキ……ぐあっ」
ようやくぼんやり目の見えてきた男がシュウに殴りかかるが、まったく当たらないどころかユア先輩の木刀で一人ひとりなぎ倒されていく。一人は顔面を叩き割 られ、一人は胴を横なぎに、また急所を蹴り上げられた人は悶絶して倒れてしまった。
シュウは後ろでなんか叫びながらBB弾をばら撒いている。
「このガンカタさえあれば普通の人間でも実力を120%発揮できるぅッ!!」
残弾の限り吐き出される凶弾……いくらBB弾といえども至近距離であれだけぶち込まれた男の人たち数人はその場でうずくまったまま動けなくなってしまっ た。そんな中、倒れた振りをしていた一人の手下が低い声で言った。
「おい、ガキ。調子に乗るのもいい加減にしろや」
その怖い声で一瞬振り返ると、シュウの手からは武器がなくなり、そのこめかみには黒い武器が突きつけられていた。
「なんだよオッサン、死んでればよかったのに」
ガン……痛そうな音がしてシュウの頭から血が流れる。拳銃のグリップ部分で殴られたらしい。
「わかってねえな……次その減らず口を叩いてみろ。頭に穴がひとつ増えることになるぞ」
シュウは顔を伏せたまま笑って言った。
「わかってねえのはお前だろうが!!」
シュウは一瞬にして頭を伏せて、足にくくりつけていた必殺武器の銀玉鉄砲を取る。それに驚いた男はすぐに銃口を下に向けるが、遅い。その間にシュウは敵の 額に銃口を突きつけていた。
シュウがオッサンと呼んだ男も同じようにシュウの頭に銃口を当てる。
「おい、ガキ。お前が撃ったら俺も衝撃で撃っちまうかも知れねえぞ」
しかし、シュウはまったく揺らぐことなく言った。
「オッサン、銃扱うの初めてだろ。拳銃にはなぁ…安全装置っつうもんがついてるんだよ!!」
二人の指先が同時に引き金を引く。シュウの引き金は最後まで引き絞られたのに対し、オッサンの引き金はガチっとなにかに引っかかった。そのコンマ一秒後… 爆発音がして頭に銀玉を食らったオッサンが白目を向いて倒れた。
「ちなみに俺のには安全装置ついてないぞ。必要ないからな」
「この野郎! よくも…」
遠くからシュウを狙っていた男があわてて安全装置をはずす。でも、それがいけなかった。
「二人の戦いに水を差すつもりですか」
いつの間にか後ろに周っていたユア先輩は五本の指で狙っていた男の首ギリギリと絞める。
「や、やめてくれ……し、しぬ…」
「自分の行動を恥じて死になさい」
ユアさんは首を掴んだまま片手だけで壁に投げつける。男の体は鈍い音がして、倒れた。
 いつの間にか相手の数は1/3にまで減っていた。残ってる人も全員BB弾で負傷している。このままなら勝てる! そう思ったのもつかの間、私の希望は あっという間に打ち砕かれるのだった。
「よくも大暴れしてくれたなぁお嬢ちゃん」
「あ……!?」
いつの間にか後ろを取られていた。もうちょっとなのに…。私は手にしたスーツケースを相手にぶつけようとするけど、なんなく避けられてしまう。そして、中 に入っていたものが床に落ちた。でもそれは体操着ではなく白い粉のようなものだった。
男の人は頭を抱えて、心から残念そうに言う。
「あーあ…それを見る前なら金持ちの変態ロリコンに売ってやろうとでも思ってたんだが、生かしてはおけなくなったな。適当に遊んでからそこのお友達と一緒 に栗鼠港に沈めてやる」
男はそういった後二人がかりで私のことを押さえこみ、両手で私のことを動けないようにする。
「や、やめて!」
私が言っても離してくれるはずはないと思うけど、思わず言ってしまう。
「なんでこんなメスガキがこんなとこにきちまったのか不思議でしょうがないぜ。小学生かなんかか?」
「ぐみに触るな」
そう聞こえたすぐ後、ガチンという音がして声もなく私を押さえ込んでいた人が倒れる。その額には銀の輝きがめり込んでいた。私はそれで開放されたけど、す ぐさまもう一人の人が私のこめかみに拳銃を当てる。安全装置は……はずされていた。遠くからでもそれを察したシュウは拳銃を持つ手を止める。
私を掴んでいた男の人は低い声で言った。
「青い髪の小僧を撃ち殺せ。心臓と頭に一発ずつ」
倒れていた中の一人がシュウの心臓めがけて銃弾を打ち込む。
「シュウ、逃げて!」
シュウは自分が狙われているにもかかわらず、能天気に言った。
「逃げたらお前が撃たれんだろ。あー、こんなことになるなら告白でもしとけばよかったな」
引き金に力がかかる。乾いた音が二発……無常にも弾丸は二発正確に放たれた。
「シュウさん!」
ユア先輩は持っていた木刀を投げつけて二発目の銃弾をそらすことに成功するけど、もう一発の心臓へ放たれた凶弾はなにも遮ることなく飛んでいく。シュウは なすすべもなく凶弾に倒れた。
「しゅ……う」
私が最後に名前を呼び終える前に、口には白い布が当てられていた。
目の前で血を流して倒れるシュウ。そして強い薬品の匂い。
意識が朦朧とする。シュウ……誰かシュウを助けてよ。
お願い……ユア先輩。
溶けていく景色の中で、獰猛な獣の声が聞こえた気がした。



………

……………

あれ、私……死んでない?
ここはどこ?
「ぐみ、生きてるか? まぁ薬で眠らされて死ぬなんて聞いたことないけど」
「ん……」
目を開けると、そこには頭に包帯を巻いたシュウが立っていた。どうやらここは病院のベッドの上らしい。…でも、シュウは心臓を撃たれたんじゃなかったっ け?
「お、起きたか」
「シュウ……撃たれたんじゃ……」
シュウは真剣な顔で言った。
「お前の愛で目が覚めたんだ。まさに奇跡だったよ………まぁ防弾チョッキ着てたんだけど」
防弾チョッキ……最初から言ってくれればこんなに心配しなかったのに。気づいたらシュウにビンタしていた。
「いてえええ! 頭の傷はマジだし、防弾チョッキきてても痛いもんは痛いんだぞ!!」
「心配させた罰よ! あ、それよりユア先輩はどこにいったの?」
そう、シュウなんかよりもユア先輩はどこにもいない。この部屋にも私とシュウ以外はいないし…。
シュウは頬を押さえながら言った。
「それがさ…。どうやら警察らしいんだよね。詳しいことは聞いてないんだけど、お手柄らしい」
「どういうこと…?」
シュウはテレビのリモコンに手をやり、電源を押す。テレビに映し出されたのは、ついさっきまでいたMEXONのアジト。そこら中に血の跡があり、ぐしゃぐ しゃに曲げられた鉄パイプが落っこちていた。
ニュースの見出しには「お手柄! 女子高生が麻薬取引犯を成敗」と書かれている。
シュウはチャンネルを回すが、どの番組でも特番で同じニュースがやっていた。
「まぁこういうことだ。俺は怪我、ぐみは精神的ショックで面会謝絶したけど、先輩はどうやら捕まったらしい」
「シュウ、今の一個戻して!」
シュウは言われたとおりにチャンネルをひとつ戻す。そこにはマイクをいっぱい向けられたユア先輩がいた。眉毛をハの字にしてかなり困ってる様子だった。
「あの、どうやって犯人たちを倒したのですか?」
「ええと、その…剣道で」
「恐くはありませんでしたか?」
「その…無我夢中で」
「そうですか…恐かったですよね。でもすごかったです……どうやらモデルにならないかというような話も出てるようですが……」
「あの……」
………あらゆる意味ですごい。シュウはこの映像は見飽きたと言って、チャンネルを回す。今度映ったのはさっきの男たちだった。全員がおびえながら事情聴取 を受けている。
「おい、お前ら! お前らは豚箱決定だが、その前に何があったかな話してもらおうか!!」
「すいません、もうしません、たすけて」
「なんのことかわからんだろうが、ちゃんと話せ!」
「いや、鉄パイプは勘弁してください、噛み付かないでください」
「はぁ?」
「いやああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「おい、どうした? 落ち着け」
「化け物……くるなあああああああああああああああああ」
〜〜しばらくおまちください〜〜
しばらくしてリポーターの一人が言った。
「犯人の精神状態が著しく乱れているので、放送は控えさせていただきます。引き続き特番をお楽しみください」
…………なにがあったんだろう。シュウはテレビの電源を切り、言った。
「まぁ、疲れてるんだからお前は眠ってろ。それと体操着の話だが…」
ああ、そういえばどうなったんだろう。どっちにしてもシュウの推理はおおはずれだったわけだけど。
「校長の仕業らしい。それもコウが一人で突き止めて、教育委員会の親に知らせて取り返した挙句、校長も首になったらしい……次期候補になぜかユア先輩が上 がってるのは謎だが」
校長にそんな性癖があったなんて…。私はいろいろなことに疲れて、ベッドに横になる。
「もう、シュウのせいでたくさんよ……でも、ユア先輩が有名になったから剣道部に入る人も増えるかもね」
「そうだな…」
そこまで聞いて、私は目を閉じる。今日はいろんなことがありすぎて疲れた……。
「ん…?」
気配を感じて目を開ける…すぐ近くにシュウの顔。
「な……なにしてんのよ! ばかっ」
「見てただけだって!!」
目と目があって、すぐに目をそらす。なんで私がシュウなんかに……どきどきしなきゃいけないのよ。
横目でシュウの顔を見る…赤い。鏡はないけど、多分私も真っ赤だと思う。
「シュウ…」
「なんだよ…」
「あ…」
私が続きを言おうとした瞬間、ドアノブが回って扉が開く。その隙間から大きな目と銀の髪が覗く。
「あ……お、お邪魔しました!?」
お見舞いに来てくれたらしいユア先輩はそういって頭を引っ込めてしまう。なんだと思われたんだろう……私は誤解されないように引き止める。
「ユアさん入って入って! こ、これはなんでもないからっ! ちょっといつまで近づいてんのよ!」
「ぐあ…またぶった! 父さんにも殴られたことないのに!」
「あの…やっぱりわたしは…いないほうが」
「先輩はそこにいて!」
「はい…」

……
………
そんなこんなで私はシュウを毎日叩きながら、三日間病院で過ごしました。奇跡的にシュウの傷も三日で完治したらしく、一緒に退院して冷やかされました。剣 道部は大盛況で、ユア先輩のサインをもらいに来る人までいて、私のユア先輩をとられたみたいで少し悔しかったけど、私はこの生活に満足しています。無口で やさしいコウ君と、いつもきれいでかっこいいユア先輩、そしていつも変態なシュウ。
いつまでもこんな生活が続きますように、そう祈ってます。

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