カニングシティ
この、ビクトリアアイランドの一つの村で、小さな、しかし本人にしてみれば大きな事件が起きていた。
そう。世界から見ればなんら対したことは無い。
しかし、失われた思い出が戻ることは無い。
それは、決して失ってはいけないのだ。
Yuuki Fairs Presents
グミ屋100KHIT記念イベント出品作品
「大切な『仲間』のMEMORY」
カニングのある家のある部屋。
その部屋の今の主が起き上がる。
セミロングの黒髪が揺れ、上半身を起こし、少女……グミは頭を振って眠気を振り払った。
そして、クローゼットから私服を取り出し、寝巻きに手をかける。
その時。何かの気配を感じ、グミは手を止めた。
近くに置いてあるモーニングスターに手を伸ばす。
「おーい、グミー。朝だぞ、起きろー!」
突如、勢い良く扉が開いた。そこにはここの家の主、シュウが立っている。
「あのねぇ………」
青髪の少年は少女の呆れ顔と手にした物騒なものの意味がわからず、首を傾げる。
「どうしたんだ?狩り行くならバトルドレス着てから用意しろよ。」
「女の子が寝てる部屋にノックもしないで入ってくる馬鹿がどこにいるのよ!この変態!」
同時にモーニングスター……レフェルの鉄球部分が飛ぶ。しかし、シュウは咄嗟にそれをバズーカで受けとめた。
ガキィンっ!と耳を劈く音に顔を顰めながら、シュウが鉄球部分を抱えた。
バズーカが折れないのが不思議だ。
「甘いな。俺も毎回ワンパターンで倒れるわけには行かないんでね。残念でした〜♪」
余裕の笑みを見せるシュウに、グミも笑みを浮かべた。
「甘いのはシュウの方よ………」
シュウは言葉の意味を理解できず、引き戻されないように鉄球部分をしっかり抱えたまま顔に疑問符を浮かべた。
しかし、それもそこまでだった。
少しの沈黙の後、にわかにグミが口を開いた。
「スパイク!」
「なっ………!」
人体が一つ、無残に転がった。
「ぁぁ……酷い目に遭った……」
「シュウが覗くから悪いのよ。」
「別に俺はそんなつもりじゃあ……」
また始まった。
いつもと全く変わらない痴話喧嘩。溜息を付く我――実際に空気は出ていないが――にも気付かず、ユアもいつものことだからか苦笑しながら止めようとはせず
に見守っていた。
ちなみに、我が語り部をやっているのは、著者がキャラ視点だと何がどうとか……まぁ、気にする事ではない。
今は、カニングシティの一角、武器屋やら道具屋やらが並んでいる商店街らしき道を歩いている。
大した物は無いのだが、ウインドウショッピングがどうとか……何やら面倒なことだ。
ご立腹のグミはシュウの話をそれっきり無視し、我を持ったまま大股に先を歩いていってしまった。
・
・
・
それにしてもカニングシティでも結構なものが並んでいるのだな。
鎧や兜、バトルドレス等の防具や手裏剣、短刀などの武器、装備だけでなく食料やアクセサリーも充実しているみたいだ。
ポーラと居た時はカニングにはほとんど来なかったから、全くこういうものは見ていない。
我が考えに耽っていると、突然震動に襲われた。
後ろから誰かがグミにぶつかったようだ。
腹の虫がおさまっていないグミには命取りの行動と言える。
「シュウ……いい加減にしなさいっ!どれだけ………」
同時に我の体が浮き、何かにぶつかる。そしてそれを軽がるとふっ飛ばした。
「あ…………」
そしてそれをしたグミの顔が驚愕に染まる。
我の一撃を受け、倒れた者はシュウではなかった。というか、辺りにシュウもユアもいない。
あれだけ大股で早歩きで移動していればはぐれるのは当然と言えよう。
しかしグミは怒りでそこまで頭が回っていない状況だった。
倒れた男は、呻きながら顔を上げた。そして小声で「ヒール」と唱えている。
クレリックだろうか?いや、それしかないだろうがな。
「あ、あの、その、ごめんなさい……人違いで……」
「人違いで殴るのか?」
クレリックらしき男は聖職者という意に似合わない厳しい顔つきで睨んで来た。
仕方ない、一応忠告しておくか。
「グミ……」
「何?レフェル、今それどころじゃ……」
非難の声を無視して我は続けた。
「覚えておけ、ここの人間に絡まれるのは良い事ではない。圧倒的に良い人間より悪い人間の方が多い。」
「うん…わかった。ありがと。」
グミは少し苛々した素振りを見せて会話を終了した。
「何独り言を言ってる…?お前、まさかぶん殴って人違いで済ませる気じゃないだろうな……」
やはり来たか……我の助言にかグミは警戒して我をしっかり握り締めている。
流石に怖いのか、少し汗ばんでいるが、気にするところではないだろう。
「あの……本当にごめんなさい……私……私…」
グミが怯えたような声を出すが、恐怖を持ちながらも我を握り締めているところは、ポーラの訓練の所為もあるのだろうか。
男は大袈裟な溜息を付き、言った。
「まぁ、俺は女子供を傷つける趣味はねぇ。安心しろ。」
その言葉にグミは安堵の息を吐いた。しかし、この不安感は何なのだ?
「だが……このままただで返す気はねぇ……そうだな…これでいかせてもらおうか。」
男は不適に笑み、一気にグミへ接近した。
それにグミが反応するより、一瞬。早く。
男は我に何かを貼りつけ、飛び離れた。
「ぬ……」
「これ……何……?」
それは黒一色で構成された巻物のようなもので、何か、呪いのような禍禍しい物を感じる。
「0%……呪いの攻撃の書……もうわかるだろう?」
「何です…それは……?」
男は、それ以上グミの言葉を聞こうとしなかった。
「Seal the blunt weapon through all eternity!」
「う……ぅぐっ………ぁぁあ…」
我に、生まれて始めて……いや、この体で始めて、かもしれん。
とにかく始めてと言える苦痛を急に味わうことになった我をグミが驚いた顔で覗く。
「え?レフェル……?どうしたの……!?」
それに答える間も無く、我の意識は遠のいていった。
・
・
・
「レフェル……?レフェル!?」
「ぅ………ぅぐ…………がぁぁ………こ、これは……!?」
「レフェル!?」
急にレフェルが苦痛の声を上げた。こんなことは今まで無かったのに……
私が慌ててレフェルを持ち上げると、何やらレフェルの周りに黒い霧のようなものが纏わりついている。
「レフェルに何をしたんですかっ!?」
慌てて声が裏返った私の質問に、彼は律儀に答えた。
最悪の答えを。
「なぁに。呪いをかけてやっただけだ。すぐに消えるはずだが……その鈍器は何やら強力な物のようだな。まぁ、時間の問題だろう。」
「そんな……何故そんなことを………!」
いきり立って声を荒げると、既にその男は居なかった。
テレポート………そんな……
どうしてこんなことをするの……?
私は苦しむレフェルを見ていられず、急いでシュウの家に向かって走り出した。
「なんだってこんなことに………!?」
「まさか……こんなことをする人がいるなんて思わなかった……」
狭い部屋に悲しげな声が響く。
グミとシュウはただただ悲しげに呟く。
レフェルはといえば、黒い霧のようなものに囲まれながら苦しげに声をあげている。
ユアはそんなレフェルを布団に入れ、毛布をかけて見守っている。
その毛布と布団に意味があるのかはわからないが、気休め程度にはなるだろう。
「レフェルさん………今、何とかしますから、頑張って下さい。消えないで……」
ユアは必死に声をかけているが、レフェルには全く聞こえていないようだ。
「私……どうすれば良いんだろう…」
グミが独り言なのか問いかけてるのかわからない声で呟いた。
「私があの時ぶつからなければ……レフェルはこんな目に遭わなかったし……レフェルは生物の体じゃないから……薬は聞かないみたいだし……」
実際、先程かけたエリクサーは功を成さなかった。
どんどん暗くなっていく雰囲気に、シュウが口を開いた。
「あれだ……御姫様のキスで元に戻るんじゃないか?」
「シュウ……」
シュウのふざけた無神経な提案にグミが呆れた顔を向ける。怒る気力も沸かないようだ。本人も無理があると苦笑している。
しかし。
「御姫様の……キス……?」
ユアが自分の口に指を添えていた。
「ちょ、ちょっと待った、ユア、それは色々とマズイ。ってか話の方向変わるから止めてくれ……」
慌てきったシュウの声が響いた。
しかし雰囲気が明るくなることは勿論なく、困り顔のユアと今にも泣きそうな顔のグミが残るだけだった。
そして、グミが、ゆっくりと口を開いた。
「……私、レフェルを失ったら………師匠や、一緒に暮らした皆の思い出まで失いそうで……怖い…それに…レフェルだって、大切な仲間なんだもの……」
その目から、大粒の涙が零れた。
それを見て、シュウは己の中で何かが変わった気がした。
「俺は……もう、誰も失うわけには行かないんだ………」
「しゅ、う……?」
そして、唐突に駆け出した。
ユアやグミがそれに反応するよりも早く、速く。
シュウは家から出ていた……。
追いつくのは無理だ……そう、直感する。
「グミさん……?」
「ユアさん……レフェルは……?」
「変わりありません……でも、シュウさんも頑張ってくれるみたいですから、私達もできることを探しましょう?」
自分も辛いはずなのに、私を励ましてくれるユアさん……
「うん……ありがとう。頑張ろう!」
そして私はレフェルの方を向いた。
「レフェル……待ってて、絶対、助けるから……」
レフェルの苦痛を耐える声だけが、響いてきた。
武器屋
「お前……また馬鹿なことを考えてるんじゃないだろうな?」
「馬鹿なものか!仲間を助けたいんだ!頼む!」
武器屋の店員は呆れを隠せない顔で続ける。
「まぁ、人様のことを考えられるように成長したと思えば、馬鹿なところは変わらないのか。つーか……仲間って……その鈍器がか?」
「そんなわけ………」
言いかけて、シュウは黙りこむ。鈍器とはいえ、既にレフェルは大切な仲間だ。
「まぁ、一つだけ、教えてやる。」
「本当か!?」
男は再び呆れたように笑い、続けた。
「お前…死者の符籍って知ってるか?」
「死者の符籍?」
男は頭を振り、続ける。そんな仕草をされても、知らないものは知らないのだから仕方ないだろう?
「あぁ、死者の符籍。ゾンビキノコ、と呼ばれるアンデットモンスターが頭に付けている御札だ。魔力の高い物は呪いを吸いとリ、封印させる力がある。大体は
それを使って呪いの書を作るのだからな。」
「あぁもう、呪い書とか何とかってのはどうでも良い!それがあれば呪いは解けるのか!?」
「解くんじゃなくて、封印するんだ……って……いないし…」
既にシュウは消えており、彼が走ったことにより舞い上がった埃が再び落ちる。
それを靴で外に出すと、シュウが再び戻ってきた。
「ん?どうしたんだ?」
「で、そいつはどこに居るんだ?」
「分からないなら聞いてから行けよ……」
再び、溜息が響いた。
そして、男は早口で話した。
「ここから繋がってる『さまよい沼』ってのがあるだろ?そこを真っ直ぐ直進した後、分岐を下に下りて進むと小さな集落がある。その先の洞窟だ。それで、そ
のゾンビキノコ……って、居ないし…」
何度目かわからない溜息が響き渡った。
・
・
・
「あー……見つからない。」
「誰か知ってる人…居ませんかね……」
私とユアさんは、情報収集をしている。
しかし、どちらも有力な情報を見つけられないでいる。
急がないと、レフェルが………
と、その時、私のポケットが震えた。
「え?」
同時にユアさんも声を上げてる……何だろう?
ポケットの中の物の震動による不快感に顔を顰めながらそれを取るとギルドライセンスだった。
「これは……?」
「シュウさんからです!」
ユアさんの声を聞きながら、ライセンスを覗きこむと、ギルド員全員に宛てたメッセージが入っていた。
[グミ!ユア!レフェルを頼む!この件は俺が何とかするからアイツの様子を見てやって……うわっ!危ねぇ……このっ!]
[とにかく俺に任せとけ!きっとレフェルを何とかする!うあっ!危ねぇ危ねぇ……]
うー…なんか余計な掛け声が入っちゃってるよ………って、掛け声?
「シュウさん……戦ってるんですかね?」
「うーん……分からないけど……とりあえずシュウも頑張ってるみたいだし、私達も何か良い方法を探そう?急がないとレフェルも危ないし……」
そのレフェルはといえば、シュウの家で布団と毛布を被ったまま呻いている。
どれだけ強力なのか、全く消える気配は見せない。
しかし、それも時間の問題だと言うことは一目でわかる。
早く元気にしてあげるためにはできることをしないと。
私とユアさんは再び走り出した。
ただただ、一刻も早く戻れるように俺は走っていた。
立ちはだかるジュニアネッキを粉砕し、アリゲーターに銃弾をめり込ませた。
と、その時再びジュニアネッキが三体ほど立ちはだかった。
「邪魔をするなあぁぁぁぁぁっ!」
バン!バン!銃弾が真っ直ぐにジュニアネッキを二体捉える。
さらに来た残り一体のジュニアネッキの牙を避け、確実に銃弾を当てる。
そのまま駆け出し、進路を塞ぐアリゲイターにボムを投げつけ、怯んだ奴から止めを刺して行く。
気がつけば出口だった。
外に出るとすぐに分岐と思われる段差を見つけ、何も考えずに飛び降りる。
すぐに地面に降り立ち、走り出す。
邪魔をするスルラを瞬殺し、門らしき場所に飛びこむ。
すぐそこに立っていた人間に俺は問い掛けた。
「ゾンビキノコはどこにいる!?」
「何だ?いきなり……」
「一刻を争うんだっ!」
その声と剣幕に驚き、その人は慌ててある場所を指差した。
そこには洞窟が口を開いていて、入り口にモンスターが出て来れないように魔法の防御膜が貼ってある。
「あそこだ……あの先に嫌というほどいるさ。だが、人に聞くなら礼儀というものが……」
俺はそれ以上ソイツの話を聞かずに走り出していた。
レフェル……待ってろよ。
・
・
・
うーん……また外れ。
「駄目ですねぇ……」
「シュウ……本当に何か考えがあるのかな…」
直接聞いてみたりもしたんだけど、返事が一向に来ないので諦めた。
何やってるのよ……
苦しそうなレフェルと、その内起こるかもしれないことを想定すると、また涙が目頭に上がってきてしまう。
それを何とか堪えていると、急に声がかかった。
「あの…グミさん?」
「なあに?」
ユアさんは相変わらず笑ってはいるが、どこか寂しそうな、悲しそうな笑みだ。
彼女は言い難そうに口を開いた。
「レフェルさんは……あの……その……一応、武器、なのですから、武器屋さんとかなら何かを知らないかと思いまして。」
「あ……そういえば…」
どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろう?
と、同時にライセンスが震動する。
シュウからの返事を期待してみて、期待したことに嫌悪感を覚えた。
[お前等邪魔だああぁぁぁっ!]
また、掛け声………
シュウはマイクを切り忘れているのか、先程から叫び声が文字となって現れ続けている。
そのまま呆れていると、先に武器屋に入っていたユアさんが慌てて戻ってきた。
「グミさん!大変です!シュウさんが…………」
彼女の話はこうだった。
シュウは数時間前にここに現れ――大方私達と同じ考えに思い当たったんだろうな。先に思いつくなんて少し悔しい――情報を半分だけ聞いて走り去っていった
という。
それは、死者の符籍のこと。ゾンビキノコのこと。
そしてもう半分は、ゾンビキノコの母親というか親玉なのかな?巨大化したゾンビキノコ…ゾンビママシュのことらしい。
それはゾンビキノコとは比べ物にならない戦闘力で、レベル30が一人では一捻りで潰されてしまうらしい。
それって……シュウ、自分でピンチに向かってるってことじゃ……
「ユアさん……!?」
「場所は聞きました。向かいましょう?」
それを否定するわけが無かった。
・
・
・
何体目だろうか?
襲いかかるゾンビキノコにソウルブレッドの銃弾を浴びせ、時には彗星で体を完璧に貫通させ、落とした符籍を回収する。
しかし、魔力の無い俺にはどれが強い魔力を持っているのかわからない。
狩り続けていれば一つは当たるだろうか?
っと……気がつけば俺は5体ほどのゾンビキノコに辺りを囲まれていた。
俺の舌打ちを攻撃の合図と間違えでもしたのか、一体が飛びかかってきた。
俺は銃弾を浴びせ、すぐに反転する。
しかしそこには残りの4体が一斉に飛びかかる光景が目に入るだけだった。
「チッ!」
俺は再び舌打ちし、バズーカを構え天井…というか上に弾を撃った。
バズーカ弾が天井を直撃し、爆発とともに岩が崩れる。
4体は見事にそれに押し潰された。
符籍を回収できないことに苛立ち、俺はさらに敵に攻撃をかけつづける。
と、その時だった。
ズーン……
質量の大きい物が着地したような震動に後ろを向くと、そこには有り得ない光景が広がっていた。
「なっ!……何だよこれ………」
明らかに通常のゾンビキノコの数倍はあろう大きさのゾンビキノコがそこにいた。
その符籍は大きく、紫色に光っている。
「そうか……お前が、魔力を持つ符籍の持ち主………」
俺は不適に笑み、ソウルブレッドの銃弾をセットした。
そして、構えも見せず、放った。
それは狙い余さずゾンビキノコ――ゾンビママシュの名は後で知ることになる――を捉える…はずだった。
「なっ!?」
しかし、それは鈍重そうな見掛けと裏腹に驚くほどの速さで銃弾を避け、こちらに向かってきた。
こちらが反応する前に体当たりを食らい、吹っ飛ばされる。
そしてさらに不運なことに、地面が無かった。
地面から十数mの高さの足場から突き落とされた形となる。
そこから見下ろすゾンビママシュの顔が、妙に勝ち誇ったように見えたのは気のせいだろうか?
だが……俺は、負けるわけにはいかないんだ……
「相手が俺じゃなかったら、これで終わりだったんだがな……」
俺は落下しながら銃口を一瞬だけママシュに向け、それを外す。
そして、叫んだ。
「クレセント!」
同時に銃からワイヤー付きの鉤が撃ち出され、それは深く天井に突き刺さった。
それにぶら下がる形で、ブランコの要領で体を揺らし、ゆっくり一番下まで降りていった。
直後、再び質量の大きいものが地面を揺らす。
俺は内心舌打ちをした。
素早い敵にはフィールド全体を攻撃するような技、まぁ、俺で言うグランドクロスみたいなのが有効だが、ここでグランドクロスを使った場合、洞窟が崩れかね
ない。
どうすれば良いんだ………
有無を言わせず飛びかかってきたママシュから距離を置き、構えた。
「悪いな。いきなり戦いを挑まれるお前には罪は無いんだが……俺は、グミの思い出を無くさせたくない…俺と同じ思いをさせたくない!大切な仲間を失いたく
無いんだ!」
真っ直ぐに相手を見据え、こちらに接近すると同時に叫ぶ。
「彗星!」
亜音速の弾が今度こそママシュを捉える。それはママシュを貫通したはずだが、さしたる痛手を負った風には見えなかった。
勝手な言い分だということはわかっている。自分のために罪の無い魔物を殺すのだ。
だけど、そうまでしても守りたいものがあった。
「このぉっ!彗星!彗星!」
さらに2発撃ちこむが、既に読まれているのか避けられる。
次に銃弾を撃ちこみ、かわしたところで彗星を撃つが、それも読まれていた。
なるほど。強い。
俺は舌打ちし、走り出す。
敵のタックルを避け、銃を構えた。
絶好のチャンスだ。
「食らえっ!」
しかし、トリガーを引いても何も起こらない。
しまった……
「弾切れ!?」
慌ててソウルブレッドで補充するが、もう遅い。
その一瞬で間を詰めていたママシュのタックルを食らい、圧し掛かられた。
かなり重い……身動きが出来なかった。
俺は……聞くものを意識せず、叫んだ。
それで気力を保っていたのかもしれない。
「俺は……俺は、守りたい……俺は……グミの泣いてる顔を見ているのが一番辛いんだよ!」
バン!バン!バン!バン!バン!
圧し掛かっている相手に向かって銃弾を乱射する。
しかし、奴はそれを受けながらも止めの体制に入った。
「ぐ………ぐぁ……」
いきなり重さが増す。体重を思いっきりかけているようだ。
体もあちこちが変な音を立てている。
骨折で済んでいるのだろうか。
折れた肋骨がどこに刺さったのだろうか、痛みと同時に胸の辺りに苦しさを覚える。
少し前は……グリフォンと戦ったときは、格好付けもあるが、自分を殺してくれることに期待をしていた。
しかし、今のこの無念さは何なのだろう?
物凄く悔しい。ただただ悔しさが胸と頭を支配する。
近くを見ると、他のゾンビキノコ達が集まってきていた。
俺は……また、守れないのか…
「ここ……まで……か?」
その時だった。
人影が目の前に降り立ち、俺の上に乗っているものを斬り飛ばした。
流石に不意打ちを食らって驚いたのか、ママシュは距離を置く。
そしてその人影は持っていた冷気を放つ槍を振り回し、地面に刺して叫んだ。
「グランバーストっ!」
直ちに冷気が立ちこめ、あっというまにママシュを除いたゾンビキノコ達が氷漬けになり、砕け散る。
俺はその顔を見て、驚愕した。
「ユ……ア…!?」
「シュウさんっ!何故一人で無茶をするんですかっ!?」
それに答える前に、もう一つの人影が現れた。
「ユアさんだけじゃないわよ。全く……世話が焼けるわね。」
それはグミだった。少し頬が赤い気もするが、構っちゃいられない。
「グミ……がぁっ!」
「シュウ!?」
高慢そうに振舞っていたグミの顔がいきなり酷く心配そうになる。そして、彼女は意識を集中させた。
「御願い……治して……ヒール!」
緑色の光が迸るかと思えば、金色の光が纏わり付いていた。
通常では一回では治せないような傷がたちまち完治した。
と、同時に。
けたたましい叫び声を上げ、ゾンビママシュが動きを止める。
見ると体が少し崩れていた。
そういえば……コイツはアンデットなのか………
その気を逃すまいと、俺は銃を構えた。
「彗星!」
再び亜音速の弾がゾンビママシュを捉え、怯ませる。
そこにユアが斬りこんでいった。
冷気を放つその槍を、今まで揺らぐことの無かった巨体に突き刺し、連続で切り刻む。
先程までの圧倒的な存在は、あっけなく崩れ去った。
一瞬の静寂。それを絶ち切ったのは意外にも恐怖を隠せないような表情のグミだった。
「ユアさん……あれ…まさか……私のヒールで……?」
「ヒール?それがどうかしたんですか?シュウさんの傷が治って良かったじゃないですか。」
と、同時に俺のギルドライセンスにメッセージが届く。
[ユア:あの……すみません、今のモンスター、グミさんのヒールのダメージは無かったことにして下さい。お願いします。]
どういうことだ……?
良くは分からないが、俺は口車を合わせることにした。
「あぁ……助かった。悪いな……また、お前に助けてもらって……」
情けないよ、と言おうとするがそれを遮り、グミが口を開いた。
「うぅん……いいの………それより、シュウ……」
グミは目に涙を浮かべながら俺の方へ寄って来た。
「どうしたんだ……?まさか、レフェルが!?」
グミは首を横に振り、徐に俺を両腕で包んだ。
「あ……ちょっと……グミ……!?」
これって……抱擁って奴じゃ…
すん、と鼻の鳴る音がして、言葉が続いた。
「シュウ……ありがと……私……」
何が起こったのか全く理解できずに唐突のラッキーに困惑していると、ユアが自分のギルドライセンスを俺の視界だけに入るように見せた。」
それを見て、俺は項垂れた。
[グミ:シュウ?まだ気付かない?何してるのよ?]
[ユア:シュウさーん?どうしたのですか?]
[シュウ:食らえっ!]
[ユア:これはきっとマイクオフし忘れてるだけですね……]
[シュウ:俺は………グミの泣いてる顔を見ているのが一番辛いんだよ!]
マイクオフ……確かに忘れてた。
格好悪ぃ……恥ずかしさで顔に熱が帯びるのがわかる。
とりあえず俺は、俺にくっついたままのグミに声をかけた。
「グミ……それ、俺、ヒールより特効薬だ……」
「あ……」
グミが慌てて身を放した。顔が真っ赤になっている……勿体無いことしたな………
「馬鹿………」
今回ばかりは思わずとはいえ自分でやったことだからか、何も言ったりはしなかった。
顔は真っ赤だったが。
「まぁ、何とかなったし、戻ろうぜ?」
全員の意見が、一致した。
・
・
・
戻り道はあっという間で、気がつけば部屋の中だった。
慌てて駆け入ると、レフェルが体の半分を消した状態で苦しそうにしていた。
俺は慌てて符籍をグミに渡し、グミがそれを急いでレフェルに貼り付けた。
そして、グミが口を開く。
「Put out the curse!」
同時に、レフェルの体から霧が消え、符籍が黒くなった。
それにはヒールをかけるとたちまち消え去ってしまった。
「ぬ……我は……どうしたと言うのだ?」
「レフェルさんっ!」
ユアが慌ててレフェルの方へ駆けて行き、持上げた。
「レフェルさん……もう大丈夫なのですね!?」
レフェルは少し考えていたようだが、事情を悟ったようだった。
「あぁ……問題は無い。お前達にはあまり言いたくないが、今回は仕方あるまい。礼を言っておこう。
うわ……素直じゃないな、コイツ。
「良かった……良かったです…」
グミはレフェルの戻った捻くれ物に安心したような笑みを浮かべていたが、何故かユアが関を切ったように泣き出した。
一番気張っていたのは、彼女なのかもしれない。
それに驚き、慌てるレフェルと慰めるグミの声を耳に入れながら、俺も輪に入ろうとそちらへ向かった。
いつものことだが、今日もシュウの家からは近所迷惑で苦情が出ているが、微笑ましい賑やかな声が聞こえている。
ずっと続かないことでも、少しでも長く、こう、いられたらいい。
俺は輪のなかで、そう思った…………