強くなりたい―そう云ったのは俺だ。そう。こいつに訓練を頼んだのも俺だ。
 でも、何故だ? ちっとも強くなれる気がしない。どれだけもがいても、こいつには勝てない……。
「もう終わりか?」
「ふざけんじゃねえ! まだだ!」
 口だけは一人前だ。そう自分で蔑む。でも判っている。もうそろそろ限界だ。
 ―いや、認めねぇ。俺はこんなんで終わるワケじゃないはずだ。こいつを超えないとヤツは倒せない。
 認めねぇ。俺がこんなに弱いなんて。

 一呼吸おいたあと、右を横なぎに溜め込む。もう下手な囮はつけねぇ。これ一本で決める。
「あああああああああああああ!!」




 死。

 一瞬のうちに過去の思い出が脳裏を突っ走っていった。
 明日生きるのも必死だった頃。
 初めて会ったアホと思いっきり殴り合いした。
 ちょくちょくそのアホと手合いやったっけ。
 たしかに、アイツとの戦いの駆け引きは成長してるっていう感があった。
 でも今はどうだ。実力の違いすぎる相手では、逆に自分の無力さを知るだけ。
 今ならアイツの気持ちが判る。アイツも強くなりたかったんだ。


「動けないか」
 相手の声はどこか現実味が無い。
「こっちは何もしてないぞ?」
 よく見てみれば、たしかにこいつは、最初からポケットに手突っ込んで立ってるだけだ。
 今のはなんだ。
 たしかに今、"ヤツの武器が俺の喉を貫いた"と思った。
 "気迫だけ"で俺を殺したのか―
「話にならないな。
 云っただろ、どこからでもかかってこい。どんな卑怯な手を使っても構わないってな」
 違う。汚い手を使わなかったんじゃない。
 使えなかった。

 認めたく、ない。

「な、ん……」
 俺の口からは、まともな発音は出てこない。
「なん、で……当たらねーんだ……!」
 何故。それは事実上の敗北宣言。
 "俺に攻撃をかすりでもさせてみろ。俺は地面と足くっつけたままだから"ただこれだけが課題だった。
 銃でも直接攻撃でも目潰しでもいい。まぁそりゃ銃よりも直接攻撃のほうが確実だが。
 足を狙えばいい話だ。が、俺はしなかった。
 理由。最初は、余裕で攻撃をあてる自信があったから。
 時が経つにつれ、それは恐怖へと変わった。
 それを使ったら、唯一俺を護っている自尊心が潰れてしまいそうで。
 常識で考えれば、足さえ狙えば必ず当たる。でも、こいつの強さは常識では考えられない。
 きっと足を狙ってもこいつにはかすりすらしない。それは俺とこいつとの決定的な格の違いの現れとなる。
 これは時間とともに確信へと変貌していった。
「簡単な話だ。お前が下手なだけだ」
 予想していたものより最も単純明快で、そして克服が困難極まりない答え。
 体中の疲れがどっと増す。
「……、…、………」
 もはや悪態さえも言葉にならない。
 ぶっちゃけ、当たりさえすれば、こいつを殴り飛ばしてボコるくらい、肉体的な体力はある。
 だが、さっき一度"殺された"ことでもう指一本動かす気すらない。
 一番の動力源。"精神"を完全に殺がれてしまった。

「まだ認めないのか?」
 俺を見下ろすこいつの眼は、いつもと何ら変わっちゃいない。だが、俺の眼には、虫を哀れむ虎の眼と映る。
 暫く前の相手の声が再生される。
『早い話がお前に一発入れればいいんだろ?』
『ああ。できたなら、お前が強いと認めてやるよ。
 しかし、できなかった時は―』
『そっちの方が強いと認めろって?』
『違う。お前がお前自身を認めるんだ。
 自分は弱い人間だ、ってな』

 頬に冷たい感触があった。
 それは一筋だけではなく、何本もそこを伝う。
 止めようとしても、それは無駄な抵抗にしか過ぎず、ただただ地面を濡らしていくだけだった。
 悔しい。こんなところで、こんなヤツに。なんて情けねえ。
 畜生、畜生、畜生。畜生!
 畜生。俺がこんなに弱いなんて……。



「落ち着いたか?」
 いつのまにとりにいったのか、奴の手には茶菓子と茶があった。
 突っぱねたいところだったが、らしくないこいつの気遣いに動揺したのもあって、受け取ってしまった。
 そこらに腰掛けて茶をすする。あーじじくせぇ。
 俺はこっちから声をかける気にはならなかったし、こいつもこういうときの声のかけ方なんて判らないだろう。
 暫くの沈黙。
「本当に強くしてくれんのかよ」
 俺のほうがそれに耐え切れなくて、つい不満を口にした。
 だが、相手は何も答えなかった。
「今回なんて、単に自信喪失しただけじゃねえか……」
 一度開くと、口ってものは滑りやすくなるもんだ。
 独り言のような俺のつぶやきに、相手は深くため息をついた。
「判らないか?」
 まるで気付いていて当然、というような口調に、少しばかり、いや、かなり腹が立った。
 当たり前だ、と反論しようと俺が口を開く前に。

「もう既に、弱さを認める強さを持ったってのによ」





fin.


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