プロローグ
太陽が沈みかけた夕方のただの帰り道だった公園。
風が少し強いけれど、それが心地良かった。
風の音に紛れて…声が聞こえた。
「…すん、…くすん」
ねえ…。
「くすん、くすん」
きみ。
「しくしくしくしく」
どうしたの?
「ぐすぐすぐすぐす」
ねえ、ちょっと聞いて。
「わーんわーんわーん」
…なんで?
「くすんくすん…だれ?コー君の友達?」
ぼ、ぼくはね『シュウ』て言うんだよ。君は?
「私?私はグミって言うの」
グミって言うんだ。じゃあグミちゃん。何で泣いてたの?
「あのね、明日ね、私ひっこししちゃうの。それでねひっこしするともう友達に会えないって…ぐす」
そうか…。ねぇしってる?友達ってね、はなれてもいつかまた会えるんだよ。
「そうなの?」
うん。だけど泣いてると会えなくなるんだよ。
「うん。分かった。もう泣かない。だってまた会えるんだもんね」
そうだねまた会えるよ。
「じゃあ…えっと…シュー君?」
どうしたの?
「私たちもう友達だよね?」
そう…かな?
「そうだよ!決定!もうともだち〜」
あははは…。
「あれ?そういえばシュー君ってこのへんの子じゃないでしょ?」
うん、ちょっとだけ、親の仕事で来てるんだ。
「ふーん、なんでもいいや。シュー君ちょっと遊んで」
え、あ、もう帰らないと…。
「いーじゃんいーじゃん。ね?」
すでに泣き顔の面影も無い少女と半ば強引に遊んで、もう暗いからバイバイって言って、別れた。
知らない場所で知らない子と。
――また…会えるよね…。
1
ぽかり。
頭を叩かれた。
ぱかん。ぱかん。
激しくなる。
すぱかすぽこぱかぱか。。
「グ〜ミ〜さ〜ん〜おきなさ〜ぃ!」
「ほえ?」
「ほえ? じゃなあああーーい!」
眠い顔を上げるとそこには…、ああああ! レフェ先生!
「居眠りとはよくやるねぇ。私の授業で…。良い夢見れたか〜ぃ??」
ああ! 怒ってる! 怒ってるよこれ! 顔は笑ってるのに目が笑ってない。
「はい! おかげさまで! あぅぅ…」
周りの友達は「またか」と言う顔でチラリとこちらを見ている。
「ほ〜う、それはよかった。じゃあこの問題やってもらえるかなぁ?」
先生が黒板を指さしながら言う。
恐る恐ると黒板を見ると…一杯に書かれた数字が並んでいる。
はう。分からない…。なんだっけあの公式…。習ったかな?
「ワカリマセン」
素直に白状する。
「だろうな。これから説明するところだ」
酷い。
でも、いつもこんな感じの先生だ。以外と優しかったりするし、たまにボケたりもする。生徒受けも結構いい。いぢわるだけど。
「まあ良いだろう。この時間が終わったら職員室に来るように。では授業を再開する」
そういって教壇に戻って授業を再開する。
「あーららー、グミちゃん、怒られちゃったねぇ」
くすくすと笑いながらふざけた声をかけてくるのは幼馴染みであり、良き親友であり、クラスでちょっとした人気物者でもあり、『戦士』コースのコウ君だっ
た。あだ名はコー。そのまんまだけど。
「あんたもうちょっと言い方ってのがあるんじゃないの?こう、いたわりっていうのが感じられないよ」
「な〜にいってんだか。寝てたのはお前だよ。お・ま・え」
直球。図星。その通りなんですよね。はぁ。
「なんか最近眠くて〜」
ささやかな言い訳をしてみるも、「いつも眠てんじゃねーか」と事実を返される。ま、そうなんだけどね。
「なんだかちっちゃい頃の夢見るんだよね、引っ越ししそうになった頃の」
あーあれか、っとコウが思いついたように声を上げる。
「お前がもの凄い泣いてたやつだよなぁ。急に引っ越しが決まって、また速攻中止になったんだってな」
「そーそー、確かコー君も凄い泣いてたやつ。そういえば、ねぇ、どうして?」
いきなりな質問に焦るコウ。
「え、あ、あれはっ、あの、お前が居なくなるからとかっ、そういうんじゃなくて、ほ、ほら友達が急に居なくなったら誰でも、寂しいじゃんか!」
やたら早口でまくし立てるコウ。
「ふーん、やっぱり居なくなったら寂しいよねぇ。私もコー君居なくなったら泣いちゃうかもなぁ。ん、コウ顔赤いよ?大丈夫?」
ダイジョブ、と短く答え終わる前にそっぽ向く。変なの。たまにコー君はこういう仕草をするクセがあるみたい。
その時、終業のチャイムが鳴る。
「お、終わったな。今日の所大事だからな、一応覚えとけな。それじゃ日直」
げっ、と思ったのもつかの間、日直の人が号令をかけて授業が終わった。
2
「はー」
少し悩ましげなため息を吐きつつ、職員室に向かって歩く。
もちろん、先ほどの授業で呼ばれたからだ。教室を出て行くときにコー君が俺も行こうか?と声を掛けてきたが丁寧に断ってきた。面倒くさくなるから。
職員室に前に近づくとなにやら扉の前に男の子が立っていた。見たこと無い顔をしていて綺麗な顔立ちをしている。一般的には美少年として言っても通用する程
だ。グミは上級生かな、と思ったが別に関係無いので気にしないで扉に手をかけると、
「あっ」
どうやらその人も入ろうとしたみたいでドアの縁で手が重なった。
「ご、ごめんなさい」
思わず謝った。のはあっちも同じで、
「あ、こっちこそごめん」
気まずい雰囲気の中で彼が切り出した。
「あの、レフェル先生って誰か分かる?」
よく見れば真面目そうな顔をしている彼から砕けた口調で聞かれ、
「うん、私も用事あるから、まぁ行きましょうか?」
「ありがとう。助かります」
にこやかに微笑みながら感謝する彼をつれて、二人は昼休みで人の少なめの職員室に入った。
「失礼しまーす。レフェ先生はっと…いたいた」
せんせぇー、と呼ばれる当の本人は颯爽と弁当の包みを広げている所だった。
「ん、あぁ来たか」
手を中断して振り向く。ろくに見もしないで説教が始まる
「お前なぁ、いつもいつも寝てばっかいやがって俺の授業なんだとおもってんだ。『魔法』の授業の時には張り切ってるくせに俺の時ばっかり…。あんなに解り
安ーく丁寧にしてやってるのに…っと君は?」
今気づきましたと言う感じで、いくらいっても懲りないグミの後ろに立つ彼を見る。
「あ、あの今日転校手続きあるって言うことで来たんですけども…。」少々困った顔で彼が答える。
転校生なんだ、と思うグミの前であぁそうだった忘れてた、と言いながら机の引き出しから一枚の紙を取り出す。
「手続きって言っても簡単だからとっとと済ましちゃおう。まず君の名前はシュウ君、で良いんだよね?」
はい、と彼が頷く横でグミはどこかで聞いたこと有るような名前だなぁと思っていた。
「ほいほい。そんで希望コースが『ローグ』で良いんだね?」
またしても「はい」と頷く彼。
「それじゃここに自分の名前書いて。はいペン」
そういって紙とペンを彼に渡す。
書きました、と彼が言い終わるかどうかの時、紙が急にボッと燃え上がった。
「っうおっ!!わったた!!」
あまりの事に彼が驚いている傍らグミは平然と笑っていた。
(あー、懐かしい、アレ。驚くんだよねぇ。クスクス)
「はい終わりっと。それじゃそのカード、生徒証みたいなモンだからなくさないでな」
え、え?と慌てる彼の手元にはいつの間にか一枚のカード。名前とコース名が書いてある。いつのまにか顔写真の様な物まで。
「んー、それじゃどうせ一緒のクラスだし。おいグミ、次の時間まで学校案内してやってくれないか?簡単で良いから」
エーなんで私が! という罵声が挙がったが速やかに無視して続ける。
「お前なんのために職員室きたんだ。これくらいで済ましてやるから案内してやってくれ」
「分かりましたー、やりますよーっと。あ、同じクラスってことは同じ一年だよね、私はグミって言うの。ヨロシクね、シュー君」
そう言いながら友好の証、つまりは握手を求めて右手を出した。
「あぁ、こちらこそヨロシク。グミちゃん」
シュウはにこやかに微笑みながら右手を…
「うわっ!!」
「きゃ!」
突然シュウが転んだ。当然に前にはグミが居る訳で、必然的に押し倒す形になった。
「いてて…、ごめんグミちゃ…」
モニッ。
シュウの右手に柔らかい物が。大きい訳でもなく小さい訳でも無いその柔らかな膨らみに対しての結論は一つ。おっ…
「あっ、うわっ!ご、ごめん!!」
呆然となっているグミを見て慌てて飛び退く。
「あのっ、いやこれは…何て言うか不可抗力って言うか…」
慌てるシュウを尻目にグミは立ち上がり、
「ちょっと驚いたけど…ただの事故事故。あはは気にしないで」
とにかくグミが怒っていない様子を確認したシュウは深呼吸をして息を整える事にした。
「おーい、青春やってるのはいいからさっさと案内してこい」
すっかり忘れてた。先生。
「はいはい。じゃあ行こうか、シュー君」
「そうだね。行こうか」
残る心臓の鼓動を抑えつつ、二人は職員室を出て行った。
3
「ん〜っとまぁこれ位かな」
ざっと簡単に授業で使う移動教室や購買、食堂などを案内し終えた。
「うん。大体分かった」
人の少ない食堂の椅子に腰を落としながら言う。
「ま〜後はぼちぼち分かる様になるって」
少し歩き回ったので二人とも少し疲れ気味だ。実際こんなに歩いたのは久しぶりだった。
「そうだね、えっとグミちゃん…」
「ん?」
「お腹、減らない?」
「あ…」
そう言えばレフェ先生に呼ばれてから、お昼ご飯を食べて無かった。
「奢るよ。何が良い?」
「えっ!そんな、悪いよ」
ちょっと困った顔でグミが言う。
「まぁまぁ、グミちゃんに学校案内して貰ったし、一応これからもお世話になるからね、お近づきの印に。ね?」
そう言って微笑むシュウを見ていると断る気が引っ込んでしまった。
「それじゃあ。甘えちゃってもいいかな?」
「どうぞ」
ずっとこっち見て微笑んでる。なんだかさっきから気温が上がったようで仕方がない。
「好きな物選んで良いよ。何?」
「じゃあ…『ママシュラーメン』で」
「はいはい、少々お待ちを」
そう言って立ち上がり食券を買いに行った。
その後ろ姿を見送りながらグミはふぅ、と息をはく。
(なんかさっきから少し顔が熱いな…。はっ!これはもしや!いやでも、確かにシュウ君はちょっとカッコイイかなとか思ってみたりもしたけど別にそんなので
もなく、ただちょっとあの笑顔は反則とか思ったりもするけど、ううん違う!そうじゃなくてまだ転校してきたばっかりでたまたま会ったから案内してあげただ
けじゃない。そうそう何勘違いしちゃってるんだか、なははは落ち着け落ち着けぇ)
一人で頭を抱えて悶える一女子は端から見ればとても変な光景であったが幸い見ている者は居なかった。一人以外は。
「はい、お待たせ」
トンッ、といきなり目の前にトレイが置かれた。
「ひゃ!」
ん?と不思議そうに少し首を傾げるシュウ。
「え?あ、何でもない…」
そか、と言って俯くグミの前の席に座る。その手前にはトレイが、と言っても一個ではなく複数。しかもその上にはさらに大量にチャーハンやラーメンやおにぎ
りからサンドイッチまで主食と思われるものは大抵乗っかっていた。
その普段余りにも見ない光景に目を奪われている間に、いただきます、と彼はどこか上品だけどとても早く、口に運んでいく。その様子をぼんやりと見つめてい
ると、目が合った。
『あ』声が重なる。
少し困った様な顔でシュウが答える。
「あー、変…だよね。あははは、僕って結構食べるんだ」
「ううん、変じゃないけど。ちょっとびっくりしただけ。よし!私も食べよう」
ぱちん、と割り箸を割って、一気に食べる。
「やっぱオイシ〜」
説明しよう!
『ママシュラーメン』とは!私立ビクトリア学園(学校名初登場)の食堂【エリニア超特急】が誇る人気ナンバー1のラーメンである。理由はお値段の割に大ボ
リューム。さらにトッピングに【ママシュの胞子】が入れ放題なのである。ついでにお代わり自由。
「グミちゃん」
ふと声のした方を向くと、目の前にシュー君の顔が!
「ほら、ほっぺたにネギついてたよ」
そう言ってグミの左頬についていたネギを取りながら微笑むシュウ。
「あ、ありがと…」
鏡を見なくてもはっきり分かるくらい顔が赤いのが分かる。
恥ずかしいと思う事ではなくて、こんなにも異性として誰かを気にしたのは初めてだった。今はただその気持ちを抑え込んで、なんでも無いように振る舞おうと
するので精一杯だった。
「そういえばさっ、シュー君なんで転校してきたの?」
すでにほぼ全部平らげて口をナプキンで拭いていたシュウに問い掛ける。
「まあそれは普通に家庭の事情だよ。両親の仕事の都合で引っ越して来たんだ。でも…懐かしいな」
「懐かしい?」
んっ、と少し言葉に詰まった。
「えと、実は昔、って言ってもすごくちっちゃい時何だけど、一度ここに住んでた事があるんだ。その時にちょっと…誰かと友達になった様な気がするだけど、
思い出せないな。その後すぐにまた引っ越しちゃったしあっちも忘れちゃってるだろうね」
懐かしげに語るシュー君の話に何処か心に響く所があった。はっきりしなくてそこはモヤモヤっと消えてしまったけど。
「へー、昔住んでたんだ。じゃあ何処かで会ってたかもしれないねぇ」
そう言うグミにシュウは「そうだね」とだけ答えた。
「何か似てるなぁ、私も小さい頃に誰か知らない子と友達になったこと有るんだ。その時は親が急に引っ越すぞって言って、凄い泣いてたっけ…」
そのまま二人でしばらく黄昏れていた。さっき赤くなっていたのなんて可笑しい位だ。
しばらくして、予鈴が鳴った。
「あ、もうすぐ次の授業始まっちゃう」
「これ予鈴?」
「そーそー、あんまり急がなくても良いけど、もう行こっか」
そういってグミは立ち上がり、歩き出したが、「あっ」っと躓いた。
「おっと、大丈夫グミちゃん?」
転び掛けた所で見事にシュウに受け止められた。むしろ抱き止められたと言ってもいい。
「…はっ!あ、ありがとっ」
あまりの事でついつい固まってしまっていた。慌ててシュウを突き放す。
「うん良かった。じゃあ行こうか?」
シュー君はそういって微笑んでいる。もう…。
顔を赤らめながら、これって天然なのかな?等と思いつつ、シュウと共に食堂を後にした。
4
「えーっと今日から転校してきましたシュウと言います。ヨロシクお願いします」
丁寧にお辞儀をする。
女子から黄色い歓声が上がる。男子からは少々ブーイングに似た低いため息や舌打ちが聞こえる。
「と、言う訳で今日から転校して来たシュウ君だ。コースは『ローグ』。同じ奴らは特に仲良くするように。それじゃとりあえず…と机が無いな、コウ!隣から
机持ってきてくれないか」
ういーす。と返事をしてコウが机を取りに行く。
「ねぇねぇ、ちょっとグミ!彼カッコイイじゃない!なんだか優しそうだし、コレは競争率高そうね」
そう言うのは友達のユアだった。
「そう…ね。カッコイイ、のかな?」
曖昧な返事をして誤魔化した。そんなことはさっきの昼休みで分かっている事だった。
「持ってきましたー」とコウが大声で言う。
「よーしそれじゃ後ろの窓際で良いか。そこに座ってくれ」
シュウは軽く頷きコウが置いたその席に座る。
シュウの前の席はコウ、隣がグミ、斜め前がユアの席だった。
教室の片隅で小さな自己紹介が始まった。
「これからヨロシクな!俺は『戦士』コースのコウだ!シュウって呼んで良いか?」
「私はユアって言うの。コウと同じで『戦士』コース。分からない事は何でも聞いてね!」
シュウは双方に軽く微笑みながら「こちらこそヨロシク」と握手をした。
「ほらグミも自己紹介しなって」とユアが急かすが、
「あぁ、グミちゃんはもう知ってるから良いよ」
とシュウがやんわりと言葉を挟む。
コウとユアの視線が集中する。片方は好奇の目でありもう片方は驚愕の目だった。
「グミ抜け駆けはずるいんじゃない?」とユアから耳打ちされた
「そ、そんなんじゃないって」慌てて否定する。
シュウがすかさずフォローを入れる。
「グミちゃんとは昼休みに先に会ってね、先生に頼まれて学校を案内してもらったんだ」
その横でグミはうつむいて少し赤くなっている。その様子をみて、
「グ、グミになにか変なことしたんじゃないだろうな!!」
コウがいきなりシュウに掴みかかる。
「や、止めな、コウ!」
ユアが掴みかかっているコウを引きはがす。
「コウ君僕は何もしてないから落ち着いて」
「何もしてないからっ!」
シュウとグミも困りながらもなんとかコウをなだめる。
「とりあえず授業やろう。ね?」
グミがコウとシュウ双方に言う事でその場はなんとか鎮まり、授業は時間を消費していく。
終業の鐘が鳴り今日最後の休み時間。
ユアがシュウを教室の端に呼んだ。
「何かな?」
ふぅ、とユアはため息をはきつつ、切り出した。
「コウはね、まぁ見て分かると思うけどグミが好きでね。本人は気づかれてないつもりだろうけど」
「あははは、そりゃあ見てればねぇ…」
困ったようにシュウは答える。
「昔から仲がいいからあんまりちょっかい出して欲しくは無いって思うんだけど…」
「でも譲る気は無いなぁ」
すんなりと言うシュウに、あららっ、とユアは肩をすくめる。
「ま、私は見てる事にするよ」
「そうしてくれると助かるかな」
そう言ってシュウはユアとの内緒話を終えて、今度は窓際でふて腐れているコウの元へ歩いていって、
「コウ君」
「なんだよっ!」
「負けないよ」
「あぁ!何言ってんだ!俺だって負けねえよ!」
「ははは、じゃあこれからライバルだね」
「ぜってぇ負けねぇ!お前にはな!」
予鈴が鳴り、もうすぐ今日最後の授業が始まる。
なんだかコー君もシュー君もさっきとオーラが違う。
そんな様子を見てグミは確信にも似た事を思う。
私のこれからの学校生活は大変なものになりそうだ、と。
fin