本当に可笑しな話だ。今、こうして目の前にいる少年はメイプルアイランドから来たと
いう。メイプルアイランドと言えば、傍らで五月蝿い寝息を立てて寝ているグミと我が出会った場所であるが、彼の言うメイプルアイランドと我が思っているメ
イプルアイランドは違うようだ。事実、彼はメイプルアイランドとは一言も云ってはいないのだが、空から降ってきたということと、生息しているモンスターが
デンデン種やスポアと呼ばれるキノコのモンスターということも一致しているし、他にも数々の一致している部分がある。我はちらりと彼を見る。
私の目の前で目を赤く腫らしながら涙をすすっている少年はアルベルト=イェントというらしい。年齢的には十二歳といったところだろうか。黒いレザーの
ジャケットに青いジーパンを穿いていて、金色の眼は鷹のごとく鋭く、金色の髪は乱雑に色んな方向に飛び跳ねている。
因みに、我の名はレフェル。モーニングスターと呼ばれる大きな鉄球を先端にあしらった武器だ。だが、それでも我は思考があり生命がある。それは恐らく旅
を進めて行けばいずれ分かるだろう……と思う。
喋る鉄球を彼は虎視眈々と見つめ、物珍しそうにあらゆる角度から私を眺めている。正直、男に嘗め回されるように見られるのは気色が悪くて仕方がないのだ
が、ことがことだけに仕方があるまい。
そのことというのは、我の真横にできている大きな窪みと地上の真っ只中にある船の残骸と我のいままでの語りを見れば分かるのではないだろうか。それはグ
ミが昼寝を始めた時に唐突に現れた。我はようやくグミが寝付いたと思い、のんびりとこの身を癒そうと思っていたのにも、ギクシャクと作られた木の船は我を
目指して振ってきた。船の中には子供が乗っているようで、甲高い叫び声が聴こえていた。気づけば目の前に転がっているのは、この少年だった。少年はグミの
無事を確認すると、船の残骸の下で埋もれている我を引っ張り出した。そして、少し彼と会話をした後、今に至るわけだ。
だが、不幸なことに流石のグミでも、あれ程の轟音には不屈の睡眠能力も勝つことができなかったようで、寝返りをうち、目覚まし時計を探すような仕草をし
たかと思うと、まだ霞んでいるあろう眼を開けて、ゆっくりと身体を起こした。
「あれー? レフェル……その子は誰?」
グミはまだ少し寝ぼけているようではあるが、我を手に取る少年に気がついたようだ。しかし、めちゃくちゃになった船や飛び散る木片について何故、先に言
及にしないのか不思議ではある。グミの問いに我が答えようとした時に、少年は律儀に一礼をして、にっこりと笑う。
「俺の名はアルベルト=イェント。ごめんな。なんか昼寝を邪魔したっぽくて」
少年は再びにっこりと笑う。その様子にグミは何かを押さえているような手の動きをあたふたとしたかと思うと、顔を赤くしている。この少年に惚れたという
わけではないだろうが、旅を始め、男に飢えていたといえば言いすぎであろうが、シュウとは違うまともな男性を相手にしたことによって、どのように対応をす
ればいいのか困ってしまっているのだろう。グミも少年の笑顔に合わせて同じように笑う。作り笑いが気持ち悪いと思ったのは我だけではないはずだ。彼に腹黒
さがあったとするならば、グミのことを変な奴だと認定しても可笑しくないだろう。
「ええっとー。どうしたの? こんなに散らかして」
捉え所が違う。考え方が違う。全く持ってグミは我とは違う。
金色の髪を風に靡かせながら彼は口を開く。白い歯がきらりと光る。
「あー。ごめん。船で海を渡ってたら、いつのまにか空から落ちててさ。自分でも何が何だかさっぱりだ」
彼は両の手のひらを上に向けながら、言葉通りのジェスチャーをする。
流石のグミも彼の言っていることに、怪訝そうな顔を浮かべてみてはいるものの、どうでもいいと言った様子で我を土だらけの手で掴んだ。
「もしかして……よく“ふぁんたじーな小説”であるような旅始めの刺客かな?」
グミはにたにたと怪しげな笑みを浮かべながら目を輝かせ、我を少年に構えて突き付ける。また、馬鹿なことを言い出した。メイプルアイランドにその“ふぁ
んたじーな小説”とやらがあったかは知らないが、これを書いている人物が違うから仕方が無い。恐らく、グミはそのような馬鹿げた小説の読みすぎであろう。
「いくわよ。レフェル!」
グミは気合をいれて、彼に飛び掛るようにして我を振り回す。
「……!」
彼はグミの異常な殺気に気が付くと、グミが我を地に叩き付けるのとほぼ同時に、その場から飛び去り、懐から小さな弓を取り出した。青い弓で一般的には弓
使いの習い立てが使うような弓だ。
「私の冒険をここで終わらせたいようだけども、私は簡単にはやられないわよ!」
グミは彼を指差すと、物語の主人公になったつもりでいるようで高笑いをする。対し、少年はグミの激しい勘違いに気が付いたかのようで、くすりっとグミに
は見えないように笑う。それでも、彼はグミの物語の悪役を演じてやろうかと思ったのか、彼は慣れないことに対する怪しげな笑みと共に、グミを挑発するよう
なセリフを吐くべく、口を開く。
「貴様を船で押しつぶしてやろうかとも思ったのだが、失敗した! ここは俺が自ら殺してやろう!」
いや。流石に無理があるだろう。一度目の作戦に失敗し、自らの手を煩わすのは分かるが、一度目の作戦ってのが、船で押しつぶすって……演劇のような作品
はなしとして、現実にこのようなセリフを吐く敵がでてきたら……いや。我は誓おう。こんな分かり易い敵キャラが絶対出てこないであろうということを。ま
た、これが夢であることを我は祈っていた。
先手を取ったのは少年だ。少年はその鋭い眼でグミの動きを的確に捉えたかと思うと、その細枝のような弓を横に振り、グミの頭をコツンと叩く。流石に本気
で攻撃をするつもりではないようで、グミも大した痛みはないようだ。しかし、彼の本領はこれからだった。グミの攻撃は空を切る。彼は地を舞っているかのよ
うに素早く動き、その小さな弓でグミの頭を何度も叩く。その場にはコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツンコツ
ンと軽快な音が響き渡る。比較的石頭のグミもそろそろ頭が赤くなってきている。だが、グミはそれでも無言で我を振り回すことに集中している。
そんなグミを見ながら彼もなんだかんだ言って楽しんでいるようだ。憎たらしげなニヒルな笑みを浮かべながらも、次はどのタイミングで頭を叩こうかと、集
中している。そのタイミングは近く、来た。大空振りをしたグミは完全に隙ができ、懐が空いている。といっても、彼はグミの頭以外叩かないようだから、特に
首から下には注意を払う必要はないだろう。彼はグミの頭を狙って、ゆっくりとその弓を手首の動きだけで振る。
「マジックシールド!」
そのタイミングをグミも同じように図っていたのか、唱えた韻と共にグミの周りには淡い光が舞っている。淡い光と彼の弓による小突く攻撃は激突する。激突
といっても、火花が散るわけではないし、大したことでもない。しかし、そのぶつかりあいも次第に激しさを増す。彼もそのマジックガードに負けじと、全体重
を弓に掛けるようにして攻撃をしている。
「ああああああぁぁぁぁああ!」
グミは女性の身でありながらも、雄たけびをあげる。ここまで本気でやるということはリフレクターを発動する気なのであろうか……。リフレクターの反射を
受けて、彼が無事でいられる保障はない。
「やめろ」
我が声色を低くして、渋く云ってみてのにも関わらず、グミはリフレクターを発動する気満々だ。完全に自分の世界に入ってしまっている。
淡い光は一瞬、強く輝いたかと思うと、硝子が弾けるような音を轟かせながらも、少年を空中に吹っ飛ばす。少年は空を横滑りに飛び、次第に重力に忠実に地
面に背中から激突する。
グミは彼に駆け寄る。彼を覗き込んでみれば、目を回していて意識が朦朧としているようだ。
「そうだ! レフェル。何か言った?」
もう遅い。まあ、彼も悪ノリをしていたようだし、自業自得ともいえるようだし、グミを舐めすぎていたために辛酸を舐めさせられたようだ。
「どうする。この刺客。警察にでも連絡する?」
俺は半場、グミに呆れながら、心の中で呟いた。
(もういい。お前の馬鹿さ加減にはもう飽いだ。というか、グミはここまで馬鹿だったか?)
「もう悪さしないでね」
意識を失い、ほとんど何も理解していないであろう少年に向けて、グミは呟いた。
*
彼の行方は何処だろう。彼の目標は何処だろう。グミとはきっと違う世界に向けて旅立つのだろう。
そうして我は、同じようで同じじゃない、夢のようで夢ではないような不思議な世界から目を覚ました。
最後に一言。馬鹿は休み休み言ってくれ。