2/13、それは我があることをグミに教えたことから始まった。それが間違いだったと 知ることになるのは次の日の夜中になる。
*
Inペリオン宿屋
「さぁ、今日も張り切ってモンスターを狩りまくろうっ!」
黒いドレスに禍々しいメイスを手に持った少女は、同世代の女の子ならまず口にしない表現を朗らかに口にした。
何だか知らないがえらく機嫌がよさそうである。
「そうだな。今日は何狩るんだ?」
少女の発言の異常性など気にも留めない青年シュウは、銃の手入れをしながらグミの様子を見ている。実に平和な朝だ。
「そうね…今日は…」
グミはふと壁にかかったカレンダーを見る。そのカレンダーの2/14日の所には赤鉛筆で大きな丸が付けられてい
た。
「明日ってなんかの記念日なの?」
シュウは銃をいじりながら答える。
「いや、そんなの知らないけど。誰かの誕生日かなんかじゃないのか?」
どうやら二人ともバレンタインでーを知らないようである。グミは16歳、シュウは17歳という青春真っ盛りの時期だというのに、どうしてこれほどにものを 知らないのだろうか。
「誰かの誕生日ならそう書いてあるはずだけど…バレンタインデーって書いてるよ。バレンタインデーって何?」
「バレンタインさんが生まれた日じゃないのか?」
シュウは興味がないらしい。というかどういう日なのか知らないのか。
「ねぇレフェル、バレンタインデーって何?」
そらきた。困った時の何とやらだ…だが別に教えても何もないと思っていた我はバレンタインデーのことをグミに教えてしまった。
「バレンタインってのは女が好きな男にチョコレートを渡す日だ。世間では好き嫌いにかかわらず、義理でチョコレートを渡すってのもあるがな」
我の言葉を聞いてグミの表情が変わる。何か思いついたときの表情である。
「やっぱり今日の狩りは中止! 明日の準備してくるから、シュウはここで待ってて!」
グミは早速出かける準備をし始める。シュウも椅子から立ち上がって、一緒に行こうと準備し始める。
「俺も行くよ」
「こないで!」
「わぁったよ…」
グミはセミロングの髪を整え、鞄を開いてサイフがしっかり入っているかどうか確認して、鞄を肩にかける。
「それじゃ、ちょっと行って来るから、絶対見に来ないでね。見にきたらただじゃ済まさないから」
ささやかな脅しも混ぜて、シュウを戒めた後、階段を下って外まで走り出る。
「グミ、どこに行くつもりだ?」
グミは我の話を聞いてないのか、辺りをきょろきょろと見回している。
「よし。シュウは来てないね」
「シュウが来てないのは分かったが、どこに行くんだ?」
「ん?ペリオンマーケットに行って、チョコを買ってくるのよ」
だったら別にシュウが付いてきてもかまわないだろうに……。グミはいったい何を考えているのか。
「ところでレフェル…」
「何だ?」
「チョコってなに?」
*
「なるほど…黒くて硬くて甘いのね。じゃ行きましょ!」
チョコレートに関して説明したのはいいが、何だかものすごく心配になってきた。
グミが物心付いた時に、グミと同世代の子供…というか10代の人間は片手の指で数えるほどしかいなかったらしく、女の子はグミ1人だったという。これでは バレンタインデーを知らないわけも窺える。だが、その村にはチョコレートすらなかったのだろうか。ポーラが住んでたくらいだから十分ありえるが…。
「ほら着いたよ。ペリオンマーケットって書いてる」
なるほど、いろいろなものを売り歩く人々の声や、呼び込みの声、あちこちの露店などがある。売っているものは日用品から武器までさまざまだ。グミの欲しい ものはあるのだろうか。
「ラッシャイラッシャイ! 野菜が安いよ!」
「宝石はいらんかねー」
「明日はバレンタインデー! 好きな人に思いを伝えるチョコはこの店!」
どうやらあるようだ。グミは最後の声がしたほうに歩いて行く。目的の品…チョコレートが店の中に所狭しと並んでいた。
「あの、チョコ欲しいんですけど」
グミは案外人見知りらしく、もじもじと店長らしき中年の女性に話しかける。女性は、
「チョコならいっぱいあるよー! 一体どんな人にあげるんだい? 彼氏かい?」
「彼氏なんかじゃないです! ただちょっと仲間だからたまには何かしてあげようかと思って…」
普段のシュウへの態度は相当酷いものだったが、案外可愛いとこもあるな。
「なるほど…。仲間だからってことだね。はい、これがチョコの材料」
おばさんはチョコレートの原料らしきものをグミに手渡し、その代価をグミが支払う。
「ところで義理チョコは買わないのかい? 普段世話になってる人とかにあげるチョコなんだけどね」
「じゃそれも一つ下さい」
シュウのためのチョコは分かるが、もう一つのチョコは誰に上げるつもりだ? もしや…我?いや…何を考えてるんだ我は。グミは綺麗に包まれた義理チョコを 受け取り代価を払う。
「よし…あとは作るだけだね。ただのチョコじゃちょっとつまんないから、何かオリジナリティを加えよっと」
「あんまり変なもの入れるなよ…」
「食べられるものしか入れないわよ。でも、皆に秘密にしておきたいから、レフェルはちょっと寝てて。出来たら起こすから」
「グミ、チョコ作ったことあるのか?」
「ないけど、適当にやれば何とかなるわよ。じゃレフェルは寝てて。もし起きてたりしたら冷蔵庫に閉じ込めてレフェルチョコ作っちゃうから」
グミは自分で言った大抵のことを実行する。…黙って寝とくが吉か。
「それだけは勘弁してくれ。。もう一度言うが…やりすぎは禁物だ」
「だから大丈夫だって! グミ様を信じなさいっ!」
グミがにっこりと微笑みながら、他の食品売り場に歩いて行く。ものすごく心配だ……
*
我が眠ったフリをしてから何時間経過しただろうか。意識は起きているが目は塞いでいるた め外がどうなっているか分からない。
 何故目を閉じているかというと…グミは女の子らしくその辺の勘が鋭い。長い間一緒にいるせいもあるだろうが、眠ってるか起きているかの判断ぐらいはつく らしい。よって目を開けたらばれてチョコ漬けにされるために目をつぶっているというわけだ。だが、物音ぐらいは識別できる。
どうやらここは宿屋のキッチンらしい。コックか宿屋の主人に許可は取ったのだろうか…。グツグツと何かが煮える音がする。
「えっと…まずチョコでしょ。それにココアパウダーに…生クリーム」
我がチョコに詳しいわけではないが、このあたりは常識の範囲内だろう。匂いもちゃんとしてる。
「これを混ぜて…ああそうそう、オリジナル食材を…」
一体何を入れるのか…目をつぶっていたから何を買ったのかはわからない。
「バナナにハチミツ…朝鮮人参にカレー粉…」
…。
「キムチにスティジの羽に、実験用カエルと…」
魔女の薬でも作る気か……異様な匂いがキッチン内にたちこめる。これはもはやチョコというより毒物の匂いだ。
「これを混ぜてっと…よーし完成!」
一体どんなものが出来てるのだろうか…怖いもの見たさにうっすらと視覚を使う。
「…!!」
「みたなぁ…」
我の目の前にはグミが待ち構えていた。寝たフリをしていることもバレていたらしい。だが、我はこれから自分のみに起こる自体よりも、目の前の物体に目を取 られていた。なんなんだあれは!!!
食い物じゃ無いのは確かだ!
「バツとしてチョコの刑だねー。あぁでもチョコはもうないや。冷蔵庫の刑に変更」
グミは恐怖に固まった我とチョコ(?)を冷蔵庫に入れ、扉を閉める。冷蔵庫の中にもおよそチョコには使わないもの…オイルや生物が入っていた。
*
 来たる2/14…我はその日の朝に冷蔵庫から出された。暗くて狭くて寒い所にいたせい か、外の世界がやたら暖かく感じる。と言っても寒さなど感じないのだが。
「レフェルも少しは反省したようね。これからシュウとコウさんにチョコあげに行くから」
どうやらグミは朝一番でチョコを渡しに行くらしい。もう一つのチョコはシュウかコウの分だということか。
「おはようございます、グミさん。こんな朝早くから何か用ですか?」
「コウさん、おはよう。あげたいものがあるから、シュウと一緒に部屋で待ってて。すぐに行くから」
「わかりました。もしかしてバレンタインのあれかな…」
コウは嬉しそうにシュウがいる部屋へと歩いてゆく。コウはバレンタインを知っているようだ。多分シュウは知らないままだろう。
「じゃ行きますか! どきどきするなぁ…」
グミは左手に我と義理チョコ、右手に何だかよく分からない謎の包みを持って、二階のシュウが待っている部屋へと階段を上って行く。1段また1段…シュウか コウが天国への階段を一段ずつ上らされていく…。見てて忍びないが止めることも出来まい。
「二人ともおはよー! 今日は何の日か知ってるよね?」
「バレンタインの誕生日だろ」とシュウ。何で誕生日になるんだ。クリスマスはクリスマスの誕生日か。
「バレンタインデーだよ。グミさんが僕らに何かを・・」
「はぁ? 何かって?」
「チョコかな」
「ピンポーン。昨日一日かけてチョコを用意しましたー」
「おおおぉーーー」
二人の歓声が起こる。これから待ち受ける恐怖も知らずに。
「はい! これまず、コウさんに…」
グミは綺麗に包装されたチョコの包みをコウに手渡す。義理はコウのほうか。
「ありがとう! あけていいかな?」
「ううん。後で食べてね」
コウはチョコをもらったのが初めてだとは思わないが、大事そうにポケットへとしまう。
「なぁ、グミ。俺のは?」
シュウは図々しく、真ん前でグミの顔を覗き込んでいる。いつの間に移動したのか…。
「ちょ…ちょっとあんまり近寄らないでよ! あんたの分ならちゃんと用意してるわよ。ほら…」
頬をほんのり染めたグミは、右手に持った包み(?)をシュウに手渡す。
「さんきゅ! …なんかこれ、コウのと大分違わなくないか?」
どう見たって違う。コウの包装紙に対し、こっちはただの藁半紙で包んだような代物だ。
「コウさんのに包装紙使っちゃったし、どうせあんたびりびりに破って捨てるんでしょ」
コウが勝ち誇ったようににやりと笑う。シュウは気づいてない。
「ふーん…まぁいいや。見かけより中身だよな」
「後から…あ」
グミが後から空けてと言おうとしたが時既に遅く、シュウは包みを開けていた。中から得体の知れない黒い物体が顔を覗かせる。
「へぇ…これがチョコって言うのか。何か色々飛び出してるけどこれは何だ…? 異様な匂いもするけど…」
チョコ(?)からはカエルの足やスティジの羽が飛び出していた。パッと見で食える代物ではない。
「もう…後で開けてって言おうと思ったのに…。もういいや、食べてみて」
シュウはチョコ(?)を掴んで、まじまじと眺めている。グミも食べる様子をじっと見ている。
「いただきまーす。パクッ……うっ…」
ご臨終か…。
「どきどき…味はどう?」
シュウはチョコ(?)を頬張りながら、不鮮明な声で答える。
「もぐもぐ…なんでいうが…不思議な味が…ずるっていうか…あまぐて、辛くで、いがくて…もぐもぐ…・うっ!」
シュウは一瞬嘔吐しそうになり、グミの視線に気づいて無理やりそれを飲み込む。
「シュウ…大丈夫?」
「…うまかったぜ」
その後シュウは痙攣して意識を失った。いくら強いシュウといえども…あれはまずいんじゃ…。コウは青ざめた顔でシュウを見ている。
「じゃグミさん、チョコありがとうございました。…では僕は急に用事を思い出したので・・」
逃げる気だな。まぁ当然といえば当然だ。我が同じ立場なら同じことをする。
「はーい。それじゃまたね」
コウは小走りで去っていった。義理チョコの方は大丈夫だと思うが、グミが改良を加えている可能性も…
グミはコウが去っていった後も満足そうに笑みを浮かべていた。
「気絶するほどおいしかったんだね。自分の分も作っておけばよかったぁ…」
いや作らなくてよかったと思うぞ。シュウを看病する人がいなくなる。
グミは、話す相手がいなくなったからか会話の矛先を我に向ける。
「そういえばレフェルさっきから黙ってるけど…どうしたの?」
「…いや! なんでもない!!!」
何故か本能的な危機を感じた。
「ははぁ…わかった。レフェルだけチョコもらえなくてひがんでるんでしょ。ちゃんとレフェルの分も用意してあるよ」
グミはポケットからさっきシュウに上げたのと同じモノのミニチュア版を取り出す。こんなときに限って、なんて準備周到さだ…。
「いや…我はいい!!ほらそれに我には口なんてないし…」
「遠慮しない遠慮しない」
グミは我の本体を外し、鎖を引っ張り出す。
「ほら、ここの龍の口に入れれば食べた気分にもなれるよね。じゃ入れるよー」
「わ…ちょっと待て! やめろ! やめてくれ!! 頼むから……ってあああああああああああああああああああ…」
「もう入れちゃった」
その後、我の意識は夜中まで戻らなかった。結局本命はどっちだったのか定かではないが、シュウにとっても我にとっても忘れられない日になったのは間違いあ るまい