シュウが起こした騒動も何とか収まって、私とシュウは半額の品を一緒に探すことになっ た。一度は離れた私の右手も、今はシュウの左手の中に納まっている。
「い、いらっしゃいませ〜」
さっきメガホンで叫んでいた人とは別の店員が、さっきの巨漢が倒されたことにかなりびくびくしながらも挨拶をしてくれる。あの戦士にも店員さんにも少し悪 いけど、これで安心して買い物ができる。
私とシュウは店員に軽く会釈して、露店に並んでいる商品を見る。
半額にするくらいだから、もしかしてましなのがないんじゃと思ったけど、お店にはさっきのお店とそう変わらない品数があった。男物も女物しっかりそろって るみたいだ。
私は手近にあったトレーナーを手に取り、シュウに見せる。
「ねぇ、これなんてどう?」
……。シュウは何の反応もせずに、どこか違うところを見ていた。私はもう一度声をかける。
「シュウってば、どこ見てるのよ」
シュウはようやく気づいたようで、私のほうを向いて、頭をかきながら言った。
「あ…悪い。ちょっと気になったものがあったからつい…」
目当てのものが見つかったのかな。
シュウは私が持ってきたトレーナーを体にあわせてみたり、まだ買ってもいないのに服の上から袖を通したりしていたけど、目だけはずっと違うものを見てい た。
さては、またキレイな人でも見つけて…今は私と一緒にお買い物してるのになに考えてるんだか。
念のためにシュウが見てる方向を確認する。マーケットは人でごった返していたけれど、何人かの女の人、その中でも一部の女戦士の人は相当きわどい格好をし ていた。
私の中にめらめらと怒りの感情が湧き上がってくる。ついさっきまでの幸せな気分は、あっという間に燃え尽きてしまうかのように思われた。
私はいつまでもジロジロと同じ方向を見てるシュウの頭(というかトンガリ)を掴んで、私の方を向かせて問いただした。
「シュウ! どうしてさっきからあっちの方ばかり見てるのよ!」
「痛い痛い! 髪を引っ張るなって! 俺はまだ何も悪いことは…」
シュウのやつ、全然反省する素振りもない…。私はシュウの頭越しに…実際は私の方が背が低いから、下から見上げる形になっちゃうんだけど、とにかく大きな 声で怒鳴った。
「まだってこれからやるつもりだったの!? さっきからあんな女の人たちばっかり見て…許さない!」
シュウは何がなんだかわからないといった表情をしてたけど、ついには観念して両手を挙げて降参のポーズをとって言った。
「わかったわかった! でもちょっと待ってくれ。俺が見てたのはそんなんじゃない、誤解だよ」
言い訳も白々しい…これはきついお灸が必要ね。でもレフェルは持ってこなかったから…私は右の手のひらにはぁと息を吹きかけて、怒りの一撃の準備をする。
シュウはいつもみたいにとっさに防御姿勢をとることもなく、私の手をそっと押さえて、自分の顔を私の顔の方へ寄せた。
「な…」
そこから先は言葉にならない。私は顔が赤く染まるのを我慢しようとするだけで精一杯だった。
無理だったけど…。こんな自分がちょっと悔しかった。
シュウは私になにをするでもなく、なんだか上の方を指差して、耳元で囁いた。
「俺が見てたのはそんなのじゃなくて、あれだよ」
「え…?」
私はシュウの指からその指差す先へと順に眺めていく。シュウが示す先はさっき目に入った女戦士よりも全然近い、私たちがいろいろ品定めしていたお店の商品 だった。
でもそれはシュウが着るような男物の服ではなく、可愛いフリルの付いた白いドレスだった。
私はあまりの可愛さにしばらくそのドレスに見入っちゃったけど、少ししてはっとシュウのほうへ振り返る。シュウは私の顔から目をそらして言った。
「いや…グミはいつも黒い服ばっかり着てるから、ああいうのも似合うんじゃないかと思ってさ…」
シュウがそんなこと考えてたなんて…。
シュウは全然怒ってない…というかなんだか様子が変だったけど、いつものことと思って疑っちゃったのが悪い気がした。
「その、シュウ…疑ってゴメン」
自分が悪いから謝らなきゃいけないのはわかってたけど、なぜか声が小さくなってしまう。
シュウは聞こえてるのか聞こえてないのか、明後日のほうを向きながら言った。
「俺の日ごろの行いが悪いからな…。まぁ、悪いと思ってくれてるなら、そうだな…そのドレス試着してみてくれないか?」
私があのドレスを試着…?  確かに着てみたいけど、シュウが見てるのは少し恥ずかしい…。
「えっ…そんなの、いいけど……」
「店員の兄さん、そこのドレス試着したいんだけど…いや俺じゃなくて、あ、聞いてない? そう、ありがと」
あっという間に店員さんがシュウのところに例のドレスを持ってきてくれる。近くで見ると可愛らしい刺繍もされてあった。まさかシュウはあの位置から見えて たのかな…。
「ほら、これ。試着するところは、あっちだってさ」
シュウはそう言って私にドレスを手渡し、試着室の場所を教えてくれた。でも、私はドレスを手にしたまましばらくぼーっとしていた。
思わずいいって言っちゃったけど…。試着室を見てみると、壁だけの小さな個室にカーテンがあるだけだった。中には鏡があって自分の着た姿が見られるように なっているみたい。鍵みたいなものはないから、その気になれば簡単に開けられるし、上からも下からも覗け……ん、もしかしてそれが目的なんじゃ…いやで も、さっきは違ったし…。
「グミ、どうかしたのか?」
シュウがまだ迷ってる私に不思議そうな顔をしている。いつもみたいないやらしい顔つきはしてない…と思う。私はシュウを信じて、試着してみることに決め た。
私は、
「ううん、なんでもない。試着…してみるね」
と言って、靴を脱いで試着室のカーテンを閉めた。でも、すぐに視線を感じて顔だけをカーテンから出す。カーテンのスキマから、ポケットに手を突っ込んでい るシュウが見えた。
「…覗かないでね。約束」
「ああ」
シュウは全然覗く気なんてなかったみたいだった。なんだか少し拍子抜けだけど……。
私は一枚布で出来たバトルドレスをさっと脱ぐ。ほかの女の人ならいろいろつかえたりするのかも知れないけど、残念ながら私の体は全然成長してなくて何の抵 抗もなく、するりと脱げた。
下着だけになって少し心細かったけれど、近くで見たドレスの素敵さ、そしてとても気持ちいい手触りだったのに感動して、そんなことすぐに忘れてしまった。
私は滑らかな肌触りを喜びながらも両手の袖を通し、売り物だからと慎重に体を通していく。
「ぷはっ…」
ドレスのトンネルから頭を出したと同時に息を吐き出す。そしてすぐに鏡に映った私の姿に息を呑んだ。
似合ってるかどうかはわからないけど、今まで着た中では一番可愛い。
今までは戦ったり修行したりすることが多かったから、スカートは敬遠することが多かったんだけど…何もないときはやっぱりスカートが好きだった。シュウと 会う前は変態な人とはそんなに会わなかったからね。
今はそんなシュウに言われて試着してるわけだけど…カーテンを開けたらなんて言われるんだろう。
カーテンを開けて、シュウががっかりしてたりしたらと思うと、ちょっと怖い。でも、喜んでくれたらすごく嬉しい。
「グミーそろそろ開けていいか?」
「いいわけないでしょ!」
着替えも済んでるけど…開けていいって聞くのはやっぱり常識がないと思う。
私はシュウだけに聞こえるくらいの声で、呟いた。
「見ても笑わないでね」
「わかった」
シュウの返事を聞いて、私は恐る恐るカーテンを引く。新鮮な空気が流れ込んできて、待ち構えていたシュウと目があった。
「…あれ、おかしいな…グミが試着してたと思ったんだが」
これがシュウの最初に口にした言葉。私はかっときて、脱いであった靴を足に突っかけて、シュウの顔面にぶつけた。
私の靴を顔面で受け止めたシュウは、何とか体勢を立て直して言った。
「ここまで暴力的なのは間違いなくグミだな…。なんかもうかわいすぎて一瞬別人かと思った」
ぽっと頬が熱くなる。可愛いって言ってくれた…。嬉しさで自然と顔がほころぶ。
「…ありがとう」
シュウからは特に何かしてもらったわけではなかったけど、嬉しくてお礼を言ってしまう。
シュウは私が蹴飛ばした靴を元あった私の足元において、私のことをまじまじと見て言った。
「うん、やっぱりいいな…」
何を勝手に納得してるんだろう…。シュウは後ろ手から何かを取り出す。
「ものは相談なんだけど…これも着てくれないかな」
シュウの手にあったのは夏っぽい配色の着物だった。自分ひとりで着物は着たことないんだけど…いやと言う気分にはならなかった。
「うん、じゃあちょっと着替えるから待ってね」
私はシュウの持ってきた着物を快く受け取って、カーテンの中に消える。
*
………そして、この後はシュウの服を選ぶことなんてすっかり忘れて、私がカーテンの中から出たり消えたりと、ほとんどファッションショーみたいな感じに なっちゃってたという…。
シュウは私が新しい服に着替えるたびに、
「男みたい」
とか
「七五三みたいだな」
とかずれた褒めかたをしてくれるから、調子に乗ってやりすぎちゃったんだ…。
おかげで前々シュウの服を選ぶ時間はなくなっちゃってて、あたりは大分暗くなっていた。
何着着替えたのかわからないくらい、試着したけど…買ったのはシュウの手袋とシュウが「もうちょっと胸が…」って言った(この直後にグーで殴った)Tシャ ツだけだった。
ドレスとか着物は半額でも私たちに手を出せる値段じゃなかったからね…。
それでもシュウは、この手袋使い心地いいとか可愛かったとか全然怒った素振りもなく、機嫌がよかった。
うん、もちろん私も。自然と笑みがこぼれるくらい楽しかったし、その…絶対いえないけど、シュウといるだけで楽しかった。
今までいろいろ悲しいこと、大変なこともあったけど…シュウがいたら、何でも忘れられる気がした。
バカで自己中心的で変態だけど…握られてる左手から伝わってくる体温も、命がけで守ってくれたときの背中も…全部、ぜんぶが…
「おい、そこのトンガリ野郎。さっきはよくもやってくれたな」
いきなり穏やかじゃない声がして、幸せな気分が台無しになる。
昼間につっかかってきたこわもての戦士が、シュウの前で山のように立ちはだかっていた。
手にはおっきな斧を持っていて、今にも襲いかかってきそうだった。
何か起こると察知した買い物客たちや野次馬たちが二三歩下がって、私たちと巨漢の周りに丸い円ができる。私は怖くなって、シュウの腕にしがみついた。
シュウは私の方をチラッと見て、少し下がっててくれと言った。それを見ていた戦士がシュウのことをあざ笑う。
「ククク…姫を守るナイト様のつもりか? 姫はおとなしくナイトが真っ二つにされる前に俺様の方に来た方がいいぜ」
「……」
私はむっと来て、何か言ってやろうとするけどシュウが止める。
巨漢は続けて言った。
「そこの女もこんな雑魚にしっぽ振ってるなんてば…」
戦士が私に対して何か(多分悪口)を言おうとした瞬間、シュウの姿が消えていた。
私が気づいたときには、戦士とシュウの勝負は圧倒的な差で終わっていた。
「俺のことをどうこう言うのもうっとおしいが、グミをバカにするのはゆるさねえ。まぁ確かに少しボケてるが…」
とシュウが言ったのは。相手の持ってた大きな斧の上。いつの間に取り出したのか、両手に拳銃を握って顔面にくっつけていた。
「こ…こいつ」
「一ミリでも動いたらここに脳漿ぶちまける。できたらグミの前でそういうことはしたくないからさ、明日の朝十時くらいにここでリターンマッチにしないか?  まぁ、あんたはどっちにしろ死ぬわけだが…」
戦士の斧が大きな音を立てて地面にざクリと突き刺さる。それを置いたまま戦士は両手を上げて降参だと言って逃げていった。
シュウは斧の上からジャンプして私の隣まで戻ってくる。物騒な拳銃は既にどこかに収まっていた。
「待たせた。なんかギャラリーがうるさくなりそうだから、ちょっと走ろう」
シュウはそうとだけ言うと、私を肩車して猛スピードで走り出していた。
一瞬のことで何がなんだかわかってなかった観衆たちが騒ぎ出した頃には、私は既にシュウの頭の上で、角を掴むことに必死だった。
*
「ここまで来れば大丈夫だろ…」
シュウは人目のない路地に駆け込んで、ようやく降ろしてくれた。
あっという間のことで曖昧なところも多かったけど、シュウが戦士をやっつけて、面倒なことになるのが嫌だったから私を担いで逃げてきたってことだよね。
シュウは私に言った。
「まったくしつこい戦士だった…怪我とかは、ないよな」
痛いところはというと、急に担がれたからびっくりしたくらいで全然なかった。シュウしか戦ってないんだから当然だけどね。
「うん、私は大丈夫。シュウがいきなり持ち上げるからびっくりしただけ…」
私がそういうと、
「そりゃ悪かったな。一緒に走ろうかとも思ったんだけど、俺のせいで引き起こした災難だったし…。それよりさ…グミ」
とシュウが言って、私に近寄ってきた。私はドキドキするだけで何もこたえずにいると、シュウが続けてこう言った。
「今日は…いろいろありがとな。楽しかったよ」
シュウは夜空を見て頭をかく。いつも照れるとそうしてるらしい…。
私も照れながら言った。
「うぅん…私こそいろいろ付き合ってくれてありがと…。私もその…楽しかったよ」
シュウ相手にそんなこと言うのが恥ずかしすぎて、上手く口が回らない。いろいろあったけど、本当に楽しかった。
シュウは顔の形がはっきり見えるくらいさらに一歩近づいて、言った。
「それでなんかお礼をしたいんだけどさ、何か買ってやりたくても俺…金ないからさ」
「私はそんなの…」
すごく悲しそうなシュウの顔を見て、私はお礼なんて要らないと言おうとしたけれど、その前にシュウが言った。
「お礼はキスでいいかな」
「えっ…!?」
何よその、シュウだけにおいしいお礼…私がそう言う暇もなく、シュウは真剣な瞳で顔を近づけてきた。
まさしく目と鼻の先にシュウがいる。気がつけばシュウの手は私の後ろにまわされていて…私は目をつぶってシュウに体をゆだねた。自分でもわけがわからない くらい無力で、抵抗すればどうにでも出来たはずなのに…。
もう数センチでシュウのそれと私のそれがくっつく。シュウの息遣いを間近に感じて、私の鼓動はどんどん高鳴って…。
「んん…」

……
………

……………



急に視界が開けて…気がつくと朝だった。…って今の全部夢だったの!?
「どうしよう…こんな夢見るなんて…」
まだ心臓はどくんどくんと早鐘を打ってるし、顔は真っ赤に火照ってるというのは見なくてもわかった。
言い表せないほどの恥ずかしさに、顔を両手で隠す。そのときだった。
「おらーグミ、さっさと起きろー」
ドンと大きな音がして、扉が勢いよく開く。
「早く起きないと寝てる間にあんなことやこんなこと……アレ、今日は起きてるんだな」
バカみたいなこといいながら入ってきたのはやっぱりシュウだった。夢の中のシュウとは大違い…でも私の胸の高鳴りはどんどん大きくなるばかりで、恥ずかし くてしょうがなかった。
私は枕元においてあったレフェルを両手でつかんで叫ぶ。
「このド変態バカ!! 勝手に入って来ないで!!」
声と同時に飛んで言ったレフェルは、今までにないほどのスピードでシュウの頭に激突し、シュウは一瞬にして伸びてしまった。
私はシュウが目を覚まさないのを確認して、ヒールをかける。そして、誰も聞く人がいなくなった部屋で一人呟いた。
「どうして、こんなやつのことが………なのよ…。今度夢に出てきたりしたら、なにやっちゃうかわからないじゃない…」

終わり